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入寮式・夜〈イベントの後に〉①

今回、白雪視点です。


「はい。これがショップカードと、私の〝SRANE〟のQRコードだよ」

「ありがとうございます! ではさっそく……読み込めましたので、メッセージを送りますね」

「うん。――あぁ、来た来た。ははっ、可愛いスタンプだね」

「〝ことりちゃんシリーズ〟、お気に入りですの」

「白雪さんにぴったりだよ」


 入寮早々、庭で迷子になるというハプニングに見舞われはしたものの、そのおかげで大好きな〝お継母様〟――飯母田つむぎと二人っきりになる機会を得て、色々と話もできて、急速に距離を縮められた。〝(わざわい)転じて福となす〟とは、昔の人はよく言ったものである。

 しかも、こうして彼女の部屋まで招かれ、連絡先まで交換できてしまったとくれば、あの迷子はむしろ神様がくれた大チャンスだったとしか思えない。


「つむぎさん、色々とありがとうございました。部屋へ戻りましたら、すぐに通販サイトの商品をチェックいたしますわ」

「こちらこそ。白雪さんと話せて、楽しかったよ」

「また、お話しさせてくださいましね」

「もちろん。いつでも連絡して」

「はい! ――では、おやすみなさいませ」

「あぁ、おやすみ。ゆっくり休んでね」


 笑顔で手を振るつむぎは、白雪が廊下の角を曲がるまで、そのままの体勢で見送ってくれた。――生まれ変わって、記憶は無くしても、変わらぬ彼女の律儀さに、白雪の胸は熱くなる。


(お継母様……今度こそ、今世こそ、お幸せになって頂かねば)


 つむぎは今、とても幸せだと言っていた。それは白雪にとって至上の喜びで、その事実さえあればもう、白雪が生きている目的は九割果たせていると言っても過言ではない。

 ……けれど、同時に。白雪は、知っているのだ。


(幸福は、当たり前にあるものではない。守らなければ……これこそが〝幸福〟なのだと自覚して守らねば、まるで砂粒の如く掌から零れ落ち、あっという間に喪われてしまう)


 今が幸せでも、その幸福が十年、三十年、五十年――生涯に渡って続く保証など、どこにもない。

 けれど。白雪がつむぎへ与えたいのは、その、〝約束された幸福〟なのだ。


(お継母様――つむぎさんには、己の幸福を疑う余地もなく、喪う恐怖すら知らないままに、幸せな生涯を全うして頂くの。それこそが、〝幸せになる〟ということよ)


 今世の彼女は、どうやら実家の商品を広く世間へ販売することに、やりがいと楽しさを見出しているようだ。……思い返せば前世でも、彼女は国家運営と通商管理に熱心だったから、〝商売〟が魂レベルで好きなのかもしれない。


(……だとしたらやっぱり、姫川は早いうちに掌握しておいた方が、つむぎさんのお役に立てそうね)


 今日まで一切の興味を持っていなかった今世の生家だが、つむぎの話によると、どうやら歴史だけは長いらしく、そこそこの地位にあるようだ。『飯母田製菓』は新興企業だから、歴史ある旧家が後ろ盾となって、悪いことはないはず。……具体的な使い方はそれこそ、白雪が姫川を手中に収めてからゆっくりと、つむぎ本人に考えてもらえば良い。


(そうと決まればさっそく、じいやとばあやにこれからのことを相談して……)


 今後について思索を巡らせつつ、白雪はルンルン気分で自室の扉を開ける。


「――あっ、やっと帰ってきた!」


 ――開けて、目をぱちくりさせた。室内にいた、同級生で隣の席で、何の縁かルームメイトにもなった、三界さんの様子がおかしい。


「白雪ちゃん……じゃなかった、姫川さん! 待ってたんだよ~」

「えぇと……ただいま、帰りました。わたくし、遅かったでしょうか? まだ消灯前だと思っていたのですが」

「それは、大丈夫。消灯まではあと、三十分以上あるから」

「ですよね?」


 入寮初日からルームメイトが戻ってこないと、それは確かに不安だろうけれど、消灯まで三十分以上あるなら、そわそわ焦るのはまだ早い気がする。――あと、千照の雰囲気が、昼間と微妙に違う、ような。


「待ってたのは、話したいことがあったからなんだ! 今、ちょっと話せる?」

「今、ですか? えーと……はい」


 本音を言えば、今すぐベッドにダイブしてつむぎと仲良くなった幸せを噛み締めたいし、『飯母田製菓』の通販サイトに即アクセスして商品全種制覇したいし、執事に連絡して姫川乗っ取りプランを持ち掛けたいけれど。

 人生全部どうでも良かった今朝までと違い、つむぎのために生きられると判明した今、同級生で隣の席で、ルームメイトにまでなった千照とは、できる限り良好な関係を築くべきだと、〝前世〟の経験が告げている。自身の人間関係を適当にすることで、巡り巡ってつむぎのマイナスになるような真似は、死んでも避けねばならない。

 ――そういう気持ちで頷けば、千照はぱぁっと表情を明るくさせた。


「良かった! ……じゃあ、ちょっとこっちに」

「はい?」

「……あんまり、大きな声じゃ言えない話なんだ。信じてもらえるかも、ちょっと分からないけど。でも、本当の話だから」

「……はぁ」


 寮の二人部屋は、長方形のワンルームで、左右の壁にそれぞれ同じ勉強机とベッドが並び、中央に共同のローテーブルが置かれている、〝よくあるやつ〟だ。入り口すぐのクローゼットが無駄に大きいのと、トイレと風呂、洗面所がそれぞれ独立しているところが、かろうじてお金持ちらしいといえばらしい。

 ――白雪は、千照に言われた通り、彼女が陣取っているローテーブルの向かい側に腰を下ろした。

 千照は、白雪が座ったのを確認してから、少しだけ身を乗り出してくる。


「……これ言うと正気を疑われることは分かってるんだけど、私、ちゃんと正気だから」

「えぇ。それは、見れば分かりますが……?」

「良かった。――あのね。実は、ここ、とある『ゲーム』の世界なの」

「…………げぇむ?」


 げぇむ、外絵夢……ゲーム。ゲームの世界、とは。


「あ~、やっぱそういう反応になるよね! 知ってるんだけど、このままじゃ白雪ちゃんに不利すぎるからさ~!」

「えぇと、三界さん、」

「千照でいいよぉ。ごめんね、突拍子もないこと言ってるのは知ってるけど。でもひとまず、疑わないで……」

「いえその、疑う疑わない以前に、意味が分からないと言いますか……」


 この世界は、現実である。それはもう、〝前世〟を生きて死んだ経験からも、間違いない。

 それが、ゲームとは。いったいどういうことなのか。


「えぇっと、ね。まず、乙女ゲームって知ってる?」

「乙女、ゲーム……えぇ、知っております。女性向け恋愛シミュレーションゲーム、というものの俗称、ですわよね? プレイヤーが動かす主人公の女性キャラクターと、数名の男性キャラクターがいて、好みのキャラクターとの恋愛ストーリーを楽しめる、という」

「うん、そうそれ!」


 百合園女子学院はお嬢様校だが、オタクはどの世界にも生えるものらしく、二次元が大好きな友人は多かった。学院的にも、生身の男に入れ上げるより、架空キャラクターと模擬恋愛を楽しむ方が安全との認識だったのか、三次元アイドルグッズへの取り締まりは厳しかったが、二次元キャラグッズは割とお目溢しされていたように思う。そういった環境下だったのもあって、流行のアニメマンガゲームの話は、割と日常的に飛び交っていたのだ。


(まぁ……わたくしは何にも興味を惹かれませんでしたけれど)


 自身の人生にすら興味がなかったのだから当たり前だが、もらった情をスルーする寝覚めの悪さだけはもう二度と勘弁だったので、仲良くしてくれる友人たちとはそれなりに話をしていたし、休みの日も誘われれば遊びに出掛けていた。友人のオタ活に付き合っていたこともあり、この四月までの〝覇権モノ〟は一通り知識として頭に入っている。


(まさか、彼女の言う〝ゲームの世界〟とは)


「この世界は、とある世界で大評判だった乙女ゲーム、『白雪姫と七人のイケメン』の世界なの。舞台設定も、登場キャラクターも、今のところ〝ほぼ〟ゲームと同じ!」


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