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入寮式・夜〈ルート共通イベント?〉⑧


 首を傾げた白雪は、分かり易い表情のまま、疑問を音にしてくれた。


「そういうことでしたら、飯母田先輩がご実家の飴をお配りになっていたのも、いわゆる販促活動の一環だったりしますの?」

「まぁ……そういう意図が全く含まれていないと言えば、嘘になるかな。優しい先輩の善意百パーセントじゃなくて、申し訳ない」

「そんな。情と実、どちらも取り逃がさないご賢明な振る舞いではありませんか。さすがは飯母田先輩ですわ」

「褒めてもらえるのはありがたいけど、あんまり気を遣わないで? 姫川さんが言ってくれるほど、私は大した人間じゃないよ」

「そのような……いえ、先輩はそういうお方でしたわね」


 一瞬、ふっと遠い目をする白雪に、何故か既視感を覚えて立ち止まる。……どうしてだろう、彼女とは本当に、今日が初対面のはずなのに。


「飯母田先輩? どうかなさいまして?」

「……ううん。何でもないよ」


 この既視感は、白雪本人に対してというより、今の彼女の〝何か〟から引っ張り出されたもののような気がする。そういう感覚の正体は、その場で考えても思い出せないことの方が多いから、今考えたところで無駄だろう。

 首を振って、つむぎは再び歩き出した。


「姫川さんには色々知られてしまったけれど、私がこうしてこっそり、宝来学園で販促活動もどきをしていることも、あまり公にはしていないから。ナイショにしてくれる?」

「当然ですとも。――それに、先輩がそういうおつもりで飴をくださったのなら、心置きなくお願いできますわ」

「何を?」

「いただいた千歳飴、すごく美味しくて。できれば常備したいのですけれど、お取り寄せは可能ですか?」

「あぁ、うん。地域限定商品だけれど、千歳飴は中でも人気が高いから、通販で扱ってるんだ。通販サイト直通のQRコードがついたショップカードを……あっ、そういえば部屋か」


 大浴場で入浴した後、そのまま亘矢とのミーティングへ行こうと思っていたため、相棒の販促バッグは自室へ置いてきたのだ。多くの飴菓子と同じく、『飯母田製菓』のそれらにとっても、熱と湿気は天敵。風呂場へ連れていくわけにはいかない。


(ショップカードだけは、どこにでも持ち運べるようにしておかないとな……携帯式のカードケース、良さそうなのを見繕うか)


 タスクをまた一つ追加し、つむぎは白雪の顔を覗き込んだ。


「ごめん、姫川さん。通販サイト用のショップカードだけど、部屋にあるんだ。取ってくるから、ラウンジででも待っててもらえるかな?」

「でしたら、わたくしこのまま、先輩のお部屋までご一緒しますわ。その方が手間もありませんし……あぁでも、先輩のルームメイトの方がご不快に思われますかしら?」

「いや。私は諸事情で、一人部屋なんだよ。だからルームメイトの心配はないんだけど……姫川さんは本当にそれで良いの? 助かるけど、君の移動距離が増えるよ?」

「その分、飯母田先輩とご一緒できて、光栄ですわ!」

「……うん、そっか」


 ニコニコしている白雪は、とてもご機嫌に見える。姫川財閥のご令嬢を部屋までご足労させてしまうリスクもあるにはあるが、本人がこれほど喜んでいるなら、それに水を差す方が野暮か。

 多くは語らず頷いたつむぎに、白雪の笑顔はますます輝く。


「それほど熱心にご実家のお仕事へ取り組んでいらっしゃるなんて、本当に、先輩は素晴らしい方ですわ。わたくしも、何かお手伝いできれば良いのですけれど……」

「ありがとう。その気持ちだけで、とても嬉しいよ」

「いいえ、気持ちだけなど。行動が伴わねば、意味がありませんわ」

「それなら……えぇと、姫川さんが買って、良かったと思った商品があれば、周囲のお友だちへオススメしてくれたら、より嬉しいかな。口コミの力は偉大だからね」

「分かりました。全商品、全力でオススメいたします!」

「それは営業の仕事だから。姫川さんが良かったと思ってくれた商品だけで大丈夫だよ」

「なるほど」


 前のめりな彼女を制するべく、軽く入れたツッコミにも、彼女は大真面目に頷いてくれる。

 ちょこっと暴走気味なところはあるが、こういう素直な顧客はありがたいな、とつむぎも笑顔で頷き返すと。


「『飯母田製菓』の営業に就職できれば、もっと飯母田先輩のお役に立てるということですね。わたくし、頑張ります!」

「違う違う、そうじゃない。どうしてそうなった」


 びっくりするほどナナメ上のお返事に、つい素で突っ込んでしまった。というか、先ほどから白雪の勢いに気圧されて、一応飼っていた〝良い先輩的振る舞い〟の猫が、どんどん逃げ出している気がする。たぶん、今逃げたので最後だ。

 こうなったらしょうがないか、と開き直って、つむぎは軽く息を吐き、髪を掻き上げる。


「姫川さんには、顧客としてウチの商品を買い支えてもらう方をお願いしたいかな。『姫川財閥』のご令嬢がお得意様というのは、『飯母田製菓』にとって、かなりのステータスになるから」

「そういうものですの……?」

「そういうものだよ。というか姫川さん、朝から何となく感じてたけど、君、自分が日本の上流階級でもかなり上位のお家の嫡子だって自覚がないね?」

「ありませんわ。自身の生まれ育ちに、全く興味が持てなかったもので」

「言い切ったなぁ」

「姫川って、それほど上位でしたの? 確かに、暮らし向きで不便を感じたことはありませんが、わたくし父とはずっと疎遠なもので、家の事業などについて聞かされたこともありませんし」

「うーん……姫川財閥系の企業の業績は、可もなく不可もなくって感じだけど。姫川のお家が歴史ある旧家で、かつては家臣を多く抱えていた家柄なこともあって、上流階級における暗黙の序列は上の方になる、感じかな」

「実力がなくても、歴史があれば優遇されるということですのね。あの凡庸な父が、財閥総帥なんて地位にいるのも、その血筋ゆえということですか」


 可愛らしいお口から、随分と辛辣な言葉が飛び出してきた。

 察してはいたが白雪は、その可愛らしい外見とは裏腹の、なかなかにギャップのある性格の持ち主のようだ。


「お父上に、なかなか手厳しいね?」

「娘の養育は全て使用人任せで、一度も家族の食卓を囲んだことがない父ですもの。それだけ仕事が忙しいのかと思いきや、漏れ聞く話では、会社の経営はほとんど人任せで、悠々とご趣味や遊びを楽しまれる毎日なのだとか。わたくしと顔を合わせるのも、ほとんどはパートナーを同伴しなければならない社交場へ出席しなければならないときで、年に数回程度ですのよ」

「あぁ……君が〝幻姫〟とか言われてるという、上流上澄みの方々の社交場だね」

「あら、そのように言われていましたの? 父にも、連れて行かれた場にも興味がないもので、適当に人気のないところで時間を潰していただけなのですけれど。最初の挨拶だけ終われば帰って良いと申しつけられた会では、早々にお暇しておりましたし」

「なるほどねぇ」


 思わぬところで本人から、〝幻姫〟の実情を聞けた。社交が苦手とか嫌いとかいうレベルではなく、まさかの〝興味がない〟とは。苦手、嫌いよりなお悪いが、聞いた話、姫川財閥現総帥は相当に身勝手な父親のようだから、彼女が家そのものに無関心となるのも仕方がない――もっと言えば、当たり前である。


「この度、宝来学園へ入学しましたのも、父より命じられたからなのですけれど。正直、進路に口出しするほど私への興味があったとは感じておりませんでしたので、驚きましたわ。それまで通っていたのは百合園女子学院でしたから、あのまま高等部へ進学しても、家柄的には不自由なかったはずですし」

「あぁ。姫川さん、もの凄く所作が綺麗だと思っていたけれど、百合園の出身だったのか。それは鍛えられるね」

「えぇ。あそこでは、上流に相応しい所作を徹底的に叩き込まれますので。ちなみに、わたくしを百合園へ入れるべきだと父に進言してくれたのは、乳母と、屋敷の執事です。生まれてすぐに母と死に別れ、父にも顧みられない娘を憐んだのか、屋敷の使用人たちはとても親身になってわたくしの面倒を見てくれましたの。百合園を選んだのも、わたくしの将来を案じてのことだったと、大きくなってから聞かされましたわ」


 百合園女子学院は、宝来学園と同じく上流階級御用達の、幼等部から大学院まで揃った巨大な学校法人だ。その中で、宝来と大きく異なる点は、ただ一つ。

 ――その名の通り、入学者を女子のみに絞り。〝上流階級〟の女性としての振る舞いを、所作や言葉遣い、家政のイロハに至るまで、徹底的に仕込まれるのである。

 改めて白雪を見て、つむぎはしみじみ、感じ入った。


(百合園の教育を受ければ、嫁入り先には困らないと言われるだけあるな……)


 実際、上流階級において、釣書に〝百合園卒〟と書かれた娘の見合いの成功率はずば抜けて高い。何なら、百合園の高等部を卒業すれば、見合いが男性側から降ってくる。一般社会にも〝スパルタ花嫁教育学校〟として知られている程、その特色は顕著だ。


「良いお家へ嫁ぎたいわけじゃないから、私の進路選択先に百合園はなかったけれど。姫川さんを見れば、その教育が素晴らしいことは分かるよ」

「ありがとうございます。百合園の先生方は親切で、学友の皆様も良い方々ばかりでしたので、そのお言葉は皆にとって何よりの誉れですわ」


 微笑んで、白雪はゆっくりと目を細める。


「どれほど父に顧みられずとも、百合園を卒業していれば、わたくしにとってより良い縁談を選ぶことができる。乳母と執事は、そう考えたようです。……なので今回、父の命で宝来学園へ通うことになって、屋敷の皆には大変な心配をかけてしまいましたわ」

「あぁ、確かに。百合園から宝来への進学は、階級的にはおかしくないけれど、あまり聞かないものね」

「どちらの学校も、方針がはっきりしていますからね。百合園は、将来、〝妻〟として大きな家の奥を取り仕切る女性を育てる場所。そして宝来は――」

「国家にとって重要な職を代々継いでいる家の子息子女が、将来国を動かすのに必要な教養と人格を養う場所……といったところか」

「はい。乳母と執事は、これまで見向きもしなかった娘に姫川を継がせるおつもりなのかと、私をどれだけ振り回すつもりかと、憤っておりました」

「百合園から宝来へ進学したとなれば、そう受け取るのが普通か……」

「百合園の学歴が中等部で途切れてしまったわけですから、下手をすれば『この娘は外へ嫁がせるには不適格』だと思われて、婚期が遠のくのではと……乳母は、そこまで気に病んでしまって」

「そこは、姫川さん本人を見れば百合園の教育がしっかり根付いていると分かるから、大丈夫だと思うけど。お父上が何を思って、君を宝来へ入れようと考えたのかは、探っておいた方が良いかもね」


 君が、この先もお父上の命に従順な娘であり続けるつもりなら、余計なお世話だけれど――。


 そう閉じたつむぎの言葉に、白雪はハッとした表情を浮かべる。


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