表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/65

入寮式・夜〈ルート共通イベント?〉⑥


「俺は、会長がわざわざ受付へ出向いて、姫川白雪について話しに来た、って方が引っ掛かる。つむとあの娘の仲がどうだろうと、会長に関係ねぇだろ」

「私もそれは疑問だったが……ひょっとしたら、姫川さんは会長の婚約者候補の一人なんじゃないか? だから気にかけているとか」

「あー……なるほど、家柄的には釣り合うか。姫川に昔ほどの勢いはないが、だからこそ、下手に宝来の邪魔をしないという意味でメリットもある」

「そうなんだよな。少なくとも私なんかより、姫川さんの方が断然〝宝来家の嫁〟として相応しいのは間違いない」

「――あ?」


 突然、亘矢のガラが三割増で悪くなった。何か変なことを言っただろうかと首を傾げる間もなく、不機嫌極まりない声で、質問が落ちてくる。


「何だそれ。何でお前がアイツの〝嫁〟としてどうこう、なんて話がいきなり出てくる?」

「へ? ……あー、そういえばあの話は、亘矢が来る前だったか?」

「あの話?」

「入寮式の準備中、私が会長に話しかけられているところを、コウが庇ってくれただろう?」

「あぁ、あのやたら距離が近かったときだろ? すぐにでも割って入りたかったが、口実がないのも怪しまれると思って、マーカーを取りに行ったせいで遅くなったんだ。悪かったな」

「そこは気にしてない。――その、やたら距離が近かったときに、会長から冗談で言われたんだよ。『婚約者にならないか?』って」

「はぁ??」


 タブレットが照らす、亘矢の表情が物騒極まりない。今にも生徒会長の部屋へ乗り込みそうな亘矢の雰囲気に、つむぎは慌てて、握られていた彼の手をこちらからもぎゅっと握り返す。


「冗談だぞ? 生徒会勧誘のついでみたいな冗談だ」

「何で生徒会勧誘のついでに、婚約なんか誘うんだよ」

「私の働きぶりを褒めて、生徒会に勧誘して、何なら婚約者にしたいくらい有能だと思ってる、って流れだったかな。要は、いつものお世辞の、さらに上のお世辞ってやつだ」

「……アイツ、前々からつむに目ェつけてたからな」

「生徒会執行部は常に忙しいし、雑用係の所務がもう一人いたら便利だなくらいの感覚だと思うぞ。人手不足解消のためなら、お世辞にお世辞を重ねるくらいはするだろ」

「お世辞、ねぇ……」


 冷え冷えとした亘矢の声を後押しするかの如く、まだまだ冷たい夜風が吹き抜けていく。思わず身震いすると、亘矢が思い出したように一度手を離すと、自身の羽織っていた上着を脱いでつむぎの肩にかけてきた。

 そのまま、亘矢の長い腕が、つむぎの肩に回って。


「――つむ。やっぱり、生徒会長とは……宝来璃皇とは、距離を取るべきだ」

「そう、思うか?」

「俺の邪推なら良いが……その〝冗談〟も、本当に冗談か、疑わしい」

「えぇ?」


 彼から発された思わぬ懸念に、つい異論の声を上げてしまったが、亘矢の腕は離れない。どうやら、引く気はなさそうだ。


「冗談じゃないとなると、会長は本気で、私を自分の妻に……未来の宝来家女主人にしようとしている、って話になるぞ? さすがにそんなわけ、」

「あぁ。つむなら、宝来と飯母田の家格が釣り合わないこと、つむ自身も見合わないことを冷静に判断して、婚約を持ち掛けても流すだろうってことは、アイツも承知の上だったと思う。けど、そもそも、宝来なんてデカい家の跡取りが、冗談であっても〝婚約〟なんて話を持ち出すこと自体、異常だろ」

「それは……」


 引っかかりながらも流そうとしていた違和感を突きつけられ、つむぎは言葉を濁して俯いた。

 そんなつむぎを気遣う気配はありながら、しかし亘矢の言葉は続く。


「冗談だって、流されること前提で。万一、つむが奴の言葉を間に受けて〝その気〟になっても、別に構わないと――そう考える程度には、宝来璃皇にとってつむは〝あり〟なんだよ」

「な、んだ、それ……何を思って私なんかをその枠に入れてるんだ。会長の近くには、それこそ副会長の三条先輩とか、魅力的な方が大勢いるのに」

「アイツの思考回路なんか、読もうとする分疲弊するだけだろ。つむはただ、自分が思った以上に宝来璃皇から気に入られてる危機感を持って、怪しまれない程度に遠ざかっとけ」

「そう、だな」


 亘矢からのありがたいアドバイスを胸に留め、つむぎはしっかり頷いた。今はまだ、〝お気に入り〟程度の気に入られ方だとしても、そんな風に思われていること自体、つむぎにとっては脅威だ。


(万一……あり得ないとは思うが、宝来璃皇が私を婚約者にしたいと、明確な意思を抱いて動き出したら。今はまだ、それを跳ね除けられる力は、飯母田にない)


 宝来家に限らず、宝来学園に通う生徒の実家のほとんどが、飯母田家より格上だ。うっかり気に入られ過ぎて婚約など申し込まれてしまったら、その時点でつむぎの夢は潰える。――日本の上流階級ではまだ、嫁いだ娘が実家の事業に携わり続けることを、厭う向きが強いのだ。


「私……別の家へ嫁入りなんて、絶対に嫌だ。『飯母田製菓』の味を、お父さんの和菓子を世界に広めて、世界中のどこでも『いいもだ』を楽しめるようにするんだから。別の家の嫁になって、嫁ぎ先の繁栄に尽くしてる暇なんてない」

「分かってる。つむがやりたいことを全力でできるように、俺も精一杯、サポートするから」

「あぁ。頼りにしてる、コウ」


 まだまだ冷たい風が吹く春の夜。

 一人は絶対に実現すると決めた未来を、もう一人は未来を臨むひとの幸福を想い、決意も新たに頷き合うのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ