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入寮式・夜〈ルート共通イベント?〉⑤

 働きには、その働きに見合った分の報酬が与えられて然るべきという信念の持ち主であるつむぎにしてみれば、一番近くにいてくれる、最も報いるべき人に報いられていない状況は、不本意甚だしいのだが。


「つむ、ずっとそれ言ってるよな。じゃあ、俺がなんて返すかも分かってるだろ?」

「『つむの傍にいて、つむの役に立ててるだけで、俺はもう全部報われてる。俺のことを思うなら、この先も俺を傍に置き続けてくれたら良い』だろ!? それだと私が得するばっかりだって言うのに!」

「声が大きいぞ、つむ」


 苦笑して、亘矢は宥めるように、つむぎの手の甲を指でなぞる。これは二人の間でいつも堂々巡りになる話で、意地でも引かない亘矢の無言の圧を察し、つむぎが引くまでが様式美だ。

 亘矢が、どうしてここまで、つむぎに尽くそうとするのか。街でたまたま行き合い、困っているところを助けられたから――だけでは到底説明のつかない、彼の重さはどこから来るのか。


(分かってる。たぶん……私には話せない〝何か〟があるんだろうな)


 短くはない、付き合いだ。飯母田家が――つむぎが『飯母田製菓』を立ち上げ、ここ三年でそこそこの規模に成長させていく間、ずっと一番近くでサポートしてくれていた。つむぎが中学二年生のとき、「このまま『飯母田製菓』を軌道に乗せて、ちょっと特別なブランドイメージが定着したら、高校は宝来学園に進学して、上流階級の販路をいよいよ開拓しようと思っている」と何気ない雑談ついでに話したら、当たり前のように宝来学園の外部入学試験を受け、トップ合格してくる程度には、そのサポート具合は凄まじい。「高校三年間でできることなんざ、限られてるだろ。俺が一年早く入って、情報収集と、つむが動きやすい下準備してくる」と言い残して学園へ入った彼が、一年後、風紀委員の有望株として出迎えてくるとは思わなかったが。


(だから……今更、コウの裏なんて、疑ってない。ただ、私の知らない〝何か〟があるというだけで)


 つむぎが知らねばならないことなら、亘矢は話してくれるだろう。敢えて黙っているということは、つむぎは知らずとも問題ないということだ。それなら、こちらはただ、亘矢の優しさと気遣いだけ、ありがたく受け取っておけば良い。……気を抜けば自ら搾取されに来る、彼の悪癖にだけは惑わされないようにして。


「……じゃあ、私も同じ言葉を返すが。今はなくても、この先欲しいものややりたいことができて、それが飯母田に叶えられる類だったら、遠慮なく言ってくれよ? コウは、それだけ飯母田に貢献してるんだから」

「その気持ちだけで充分なんだけどな。――まぁ、ないとは思うが、欲しいものができたら、言うようにするよ」


 こちらの本気に、彼が気のない返事をするのも、いつものことだ。

 文句を言いたい気持ちをグッと堪え、つむぎは片手だけで伸びをした。


「まぁ、コウと姫川さんに、大きな遺恨がないなら良かった。姫川さん、今のところ、一年生の中で最も有望な顧客候補だからな」

「あー……ま、俺との仲はともかく、姫川白雪が優良顧客になるのは、ほぼ既定路線だろ。つむ、えげつなく好かれてるから」

「生き別れの母君と似てるから?」

「厳密には違うだろうけどな。似たようなモンだと思っとけ」

「やっぱりそっち系か……大切な人を亡くした哀しみが、深刻な心的外傷(トラウマ)になっているのなら、普通にカウンセリング案件だと思うんだが。私に懐いてる場合じゃないぞ?」

「普通は、な。――つむの目から見て、あのお嬢ちゃんにカウンセリングは必要だと思うか?」


 問われ、入寮式受付で見せた、元気いっぱいな彼女を思い返す。

 ちょこっと暴走気味ではあったが、引き際はしっかり弁えていて、自身の感情をコントロールできないような節はなかった。テンションは始終高めで、みなぎるオーラが印象的だったけれど、それで誰かに迷惑をかけるようなこともなく。


「……特に必要とは思えなかった、かな」

「だろ? 実は俺もちょっと話す機会があってな。思ったよりしっかりと状況把握できてたし、思考能力も問題なかった。正門でのファーストコンタクトの状態がずっと続くようなら、俺もカウンセリングが必要だと思っただろうけど……幸か不幸か、そこまで柔じゃねぇ、みたいだな」

「今のところは要観察、って感じか」

「そうなる」


 生徒全体の日々の生活に目を光らせ、学園の日常を守るのが、風紀委員の仕事である。生徒会もそうだが、風紀委員も概ね、全校生徒の顔と名前、大体の家庭環境と学園での生活状況は把握していて、必要に応じて他の委員や教師に声を掛け、フォローを促しているのだ。

 あれだけ白雪のことが気に食わないようでも、一生徒としてはちゃんとフラットに見ているんだなと、なんだかんだ真面目な彼に少し笑って。


「それにしても、〝幻姫〟かぁ」

「まぼろしひめ? なんだそりゃ?」

「上流の、更に上澄みの方々の社交場で、姫川さんについてる異名らしい。生徒会長が言ってた」

「へぇ……え?」

「どうやら姫川さんは、かなりの社交嫌いみたいだな。あの生命力溢れるオーラが印象的な子が、わざわざ存在感を消して幻呼ばわりされるくらいだから。本人とあまりにかけ離れた異名だと思わないか?」

「その点に関しては百パー同意するが――さっき、生徒会長っつったか?」


 タブレットの灯りが映す、亘矢の瞳が剣呑に光った。……そういえば亘矢は、生徒会長のことがあまり好きではないのだ。二人とも、三年間ずっとA組で、生徒会と風紀委員は行事のたびに協力し合う関係なので付き合いは長いはずだが、どうにもそりが合わないのだと、以前溢していた。


「そういや今日、会長がつむに絡んでたな? そのときか?」

「いや、入寮式準備のときじゃない。あの後、入寮式の受付をしてるときに、何でか受付まで来て話しかけられたんだ。そのときに姫川さんの話を聞いた」

「……つまり会長は、新入生が入場しているクソ慌ただしい時間帯に、わざわざ受付まで出向いてた、ってことか?」

「そういうことになる。受付で、姫川さんと私がそこそこ長く話しているのを見て、疑問に思ったみたいだったな」

「長く話すって、入寮式の受付で? そりゃ、会長じゃなくても気になるだろ。何の話してたんだ?」


 真剣な亘矢の問いに、まぁそうだよな、とつむぎは頷く。大きな施設の受付業務なら、行き先案内などで長く話すことも多いだろうけれど、今日つむぎが立っていたのは入寮式の受付だ。つむぎの仕事はパンフレット配布だけで、何ならつむぎの向こうに、新入生たちが座る椅子はもう見えている状態だった。あそこで長々話すなんて、それこそ受付の当人と知り合いで、雑談していた以外には考えられない。


「朝の一件で、私の顔と名前を覚えてくれたみたいでな。私が受付しているのを見て、ホールの入り口から走り寄ってくれたんだ。で、パンフレットと一緒に配った千歳飴のパッケージロゴにも姫川さんが気付いて、ウチの商品だって話を軽くしてた」

「受付中だろ? よくそんな時間があったな」

「姫川さんと、一緒に来た彼女の友人が受付を通ったときは、ちょうど人波の合間でな。だから、会長の場所からも受付が見えたんだろう。接点など無いはずの姫川さんと私の仲が良さそうなのを不思議に思って、伝達ついでに質問してきた感じだった」

「なるほど、そういうことか」

「さすがに、校門前でのゴタゴタをそのまま言えはしないから、『入学式の受付で困っている白雪さんを助けて、お互いに自己紹介をしただけ』とぼかして説明しておいたぞ?」

「そうだな、その程度が無難だろう。――それより、」


 一度言葉を切り、亘矢は改めて真剣に、つむぎの瞳を見つめてくる。


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