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入寮式・夜〈ルート共通イベント?〉④


 ――亘矢の生家、狩野家は、代々姫川家に仕えてきた〝臣〟の家柄だ。華族制度崩壊後も変わらず、財閥の重役を担う家の一つとして、姫川家を支え続けていた。狩野家の先代当主に娘が一人しか生まれなかったときも、部下の中で最も有能な出世頭を娘婿とし、家を継がせて。娘と娘婿の間には、後継となる男児も生まれ、まさに順風満帆。上流階級ではないが、彼らを支える由緒ある家柄の一つとして、名を馳せていたのである。

 しかし。


「ぶった斬ったのはコウでも、その原因となったのはコウではなく、コウのお父君だったろう?」

「ま、誕プレでもらったタブレットを玩具に情報収集(スパイごっこ)して遊んでたら、うっかりクソ親父の不正の証拠掴んじまったのが始まりなのは確かだけどな」

「それまで、コウは狩野家の後継として、姫川財閥と主家一族への忠誠を叩き込まれて育っただろうし」

「クソジジイがやたら忠義がどーの、って煩かったのを〝叩き込む〟って表現するならそうなんだろうが、生憎ミリも共感してなかったからなー。あのお嬢ちゃんとも、お嬢ちゃんの父親とも会ったことなかったし」

「なかったのか? 朝の雰囲気だと、お互い面識がありそうに見えたから、てっきり……」

「あー……ねぇよ。今日が初だ、初」


 どこか奥歯に物が挟まったような言い方ではあったが、亘矢は基本、つむぎに嘘をつかない。話せないことは理由も含め、きちんと「話せない」と言ってくれる。そういう点においても、彼は信頼できる相棒なのだ。

 そんな亘矢が言うのだから、本当に、二人は今日が初対面なのだろう。


「そう、だったんだな。私はてっきり、二人に元々面識があって、だから姫川さんがコウのことを敵視したのかと」

「あぁ、不正で家を傾けた極悪人の息子、ってか? 俺に言わせりゃ、姫川の総帥も五十歩百歩みてぇなトコあるしなぁ。クソ親父がクソなのは確定として、あの家は基本、どいつもこいつも他人をどうこう言えるほど清廉潔白じゃねぇし」

「旧家あるあるな、因習に囚われて内部崩壊寸前パターンか?」

「クソ親父を放置してた感じ、そうなんだろうな。不正の証拠を、小五の俺が適当に弄って外せる程度のセキュリティでネットに上げてたガバガバっぷりをスルーしてたんだし。あんなん、自分を高く見積りすぎた馬鹿が、身の丈に合わない益を得ようとして自滅しただけのことだから、ちゃんと管理しときゃ全然避けられたヤツなのに」

「まさか、不正データの管理をクラウドでやってたのか……?」

「馬鹿だろ?」

「コウのお父君を、あまり悪くは言いたくないが……まぁ、馬鹿だな」

「そういう奴なんだよ。やることなすこと何もかも滅茶苦茶なのに、口と上へのヨイショだけは無駄に上手いから、ぱっと見は気付かれない。下の手柄も全部自分のモノにするから、上からの評価は高くて、結果的に空っぽの自己評価が天井上りになるタイプだな。ちゃんと気をつけて見ていたら、能力ゼロの単なる馬鹿なのはすぐ分かるけど。の癖に、出世欲は人一倍だから、マジでタチ悪ィったらねぇの」


 ――彼が言う通り、狩野家先代当主が娘の婿にと選んだ男は、人一倍強い出世欲ゆえに世渡りが非常に上手く、それゆえ有能に見えてはいたものの、〝臣〟として主を支える忠誠心も、自ら〝主〟となり道を切り拓く器量も持たない、ただの半端者であった。狩野家に取り立てられたことで就けた姫川の重要部署を私物化し、パワハラに汚職とやりたい放題。亘矢の話によると、家でも大層な暴君だったらしい。

 小学生の頃から、その天才的な頭脳は折り紙つきだった亘矢が、母親から誕生日プレゼントにもらったタブレットを使い、IT技術を駆使して父親の不正の証拠とパワハラの実態を調べ上げて。狩野の先代当主と姫川上層部へ密告し、その密告が全く功を奏さなかったので、匿名で週刊誌にタレ込むという荒技を駆使し、父親の不正を世間様の白日の元へ晒し上げたわけだ。初動をミスった姫川家は、騒動を収束させるため、狩野家を切り捨てざるを得ず。父親の非道ぶりが明らかになったことで両親は離婚、没落した狩野家の世話にはなれず、職を求めて母子で彷徨っていたところに行き合ったのが、つむぎとつむぎの両親だったのである。


「狩野の家じゃ、俺の味方は母さんだけで、母さんの味方も俺だけだった。クソジジイもクソ親父も、家じゃ暴君極まりなかったからな。案外、姫川に〝仕える〟って立場にフラストレーション溜めてたのは、連中の方かもしれねぇぜ?」

「コウは、将来、家を継いで姫川に仕える気はなかったのか?」

「ねぇな。物心ついた頃から、一日も早く自立して、母さん連れて家を出ることばっか考えてた」

「とはいえ、実際出てみたら、苦労も多かっただろう? 一般社会には上流階級とは別の危険もあるし」

「はは……何だかんだ言って、母さんも世間知らずのお嬢だったからな。けど、あれがきっかけで飯母田に雇ってもらえたから、却って良かったよ」

「ポジティブだなぁ……良いことだけど」


 狩野の家を出た亘矢の母は、なかなか職が見つからない焦りから怪しげな風俗店の勧誘に乗り、亘矢の目の前でゴテゴテした装飾のワンボックスカーに乗り込んでしまった。当時小学六年生だった亘矢だが、既にネットでの情報収集能力が開花していたこともあり、母を連れ去った車の正体をすぐさま検索。どう控え目に見てもヤバそうな情報の羅列に青ざめ、母を取り戻すべく街中を走り回って、力つき倒れたところに、ちょうどテナント店の視察を終えて道を歩いていた、つむぎと両親が通りかかったのだ。

 超高級和菓子を、採算度外視の下町価格で販売していたことからもわかるように、つむぎの両親は基本的に人が善い。青ざめてボロボロの、娘とそう歳の変わらない少年を放っておけず、事情を聞いて驚愕。「そういう事情なら、ウチで働いて貰えば良い」と言い出し、業績は随分と上向いてきたけれど、だからこそ雇用は慎重にすべきと考えていたつむぎも、根本的には両親の善良さを愛しているため反対はせず、見知らぬ少年とまだ見ぬ彼の母を受け入れた。

 少年の案内により、無事、怪しげな風俗店から助け出された母親――狩野(かりの)恵美(めぐみ)は、つむぎ両親の「ウチで働きませんか?」の誘いに、涙を流して頷き、『和菓子いいもだ』の販売員として働き始めた。その後、『飯母田製菓』が起業してからは、本店の敏腕販売員として、全国を回ってテナント販売員の指導をしてくれている。


「飯母田に雇ってもらえたことで、母さんは安定した職を得て、俺たち親子は落ち着いた住まいを手に入れて、俺はやっと転校先を決められた。それまではその日暮らし、ホテル暮らしで、新しい小学校を探すどころの話じゃなかったからな。大変なことはあったけど、最善に落ち着けたから、終わり良ければ全て良し、だろ?」

「まぁ、張本人のコウがそう思ってるなら良いが……私としては、もらってるものが多すぎて、これがコウの最善になっているか、悩むところではあるぞ?」

「最善だろ。――あの雪の日、誰にも見向きされずボロボロで倒れてた俺に、唯一声をかけてくれたのがつむだぞ? 俺を見つけて、助けてくれたつむの力になりたい、って思うのは、そんなに変か?」

「見つけたのは、単に当時の私の目線が大人より低くて、倒れたコウに気付きやすかっただけだし……恵美さんを雇うと決めて、社宅を貸したりコウの転校手続きをしたりしたのは、私じゃなくて両親だし」

「当時から、『和菓子いいもだ』の経営権は、八割つむが握ってたようなもんだろ? 親父さんもお袋さんも、つむの反対を押してまで、訳あり親子を拾ったかは怪しい。つむがあのとき、黙って受け入れてくれたから、母さんと俺は助かったんだよ」

「……コウの解釈は、私に好意的すぎる。そんなこと言ったらコウこそ、母親の勤め先の娘ってだけで、随分と私の世話を押し付けられていたじゃないか? 歳だって一つしか違わないのに、家庭教師まがいのことを頼まれたり、いつの間にか『和菓子いいもだ』と『飯母田製菓』の経営データ管理を担ってたり」


 亘矢が高校生になってからは、アルバイトの名目でやっと毎月お金を渡せるようになったけれど、それまでの三年間と少し、亘矢は〝ご令嬢の経営ごっこに付き合っている〟扱いで、ほぼ無給労働だった。母、恵美の給金に上乗せするという形で、どうにか働きに報いられる程度のお金は支払っていたけれど、下手に恵美の給金を上げ過ぎると、税金諸々が却って彼女の負担となる。そういった大人の事情もあり、働き分のお金を渡せていたとはとても言えない。


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