プロローグ②
本日、2話同時投稿しております。
こちらのお話からいらした方は、一つ前よりご覧くださいませ。
手渡した袋をさっそく開いて、中の有平糖と琥珀糖を重ねた〝飴〟を口にする副会長に、つむぎはそっと微笑んだ。
「良かった。そちら、春限定の新作なんです。今は入園入学シーズンということで、ネットショップから購入できますので、よろしければご贔屓に」
「春限定なの? まぁ、それは是非とも買わないと」
「あ、じゃあ、ネットショップへ飛べるQRコードをお渡ししておきますね」
「助かるわ、ありがとう」
「こちらこそ」
(よーし、手応えあり、と)
ネットショップ用のQRコード付きショップカードも、もちろん相棒のショルダーバッグ内、
すぐに出せるポケットに入っている。何せ、つむぎのバッグは〝このため〟に作った特注品だ。
(こうしてどんどん、宣伝していかないとな。そうじゃなきゃ、わざわざ『飯母田製菓』のブランド力を高めつつ、家から遠い宝来学園に入学した意味がない)
このご時世、一般大衆向けに商品を宣伝するツールは、選べるほど溢れている。即ち、急ぐ必要もない。つむぎが大学生、社会人になってからでも、一般向けの販路なら、切り開くことは充分可能だ。
が、しかし。
「おはようございます。入学の受付はこちらかしら?」
「おはようございます。ご入学、おめでとうございます。はい、受付はこちらですので、おハガキを拝見できますか?」
新たにやってきた、これまた仕立てにお金のかかってそうなお着物に身を包んだご婦人と、彼女に連れられている、育ちの良さそうなお嬢様へ、つむぎは接客用の笑顔を見せる。……こちらは確か、由緒ある老舗呉服屋の女将と、その跡取り娘、だったか。
(やはり――上流階級への販路を広げるには、一に人脈、二にツテ、三四がなくて五にコネ、だな)
一流ホテルで芸術品になるような和菓子を作っても、買ってもらえなければ意味がないのだ。そして、いわゆる〝名家〟と呼ばれる家の人々ともなれば、贈答品や催しもので使うお菓子を、都度百貨店で購入する、なんて真似はしない。贔屓にしているお店へ、特別な場面に相応しいお菓子を直に特注し、届けてもらうのが〝普通〟である。
要するに――。
(上流階級子女の溜まり場、宝来学園在学中に、上手く我が家の菓子を広められたら――上流階級にまで、『飯母田製菓』の販路を広げることができる)
嘘か真か、この宝来学園には、皇族とすら親しく話のできる家柄の子女が、一学年に一人は居るという。それほど、この学園生徒――正確にいえば生徒の実家の力は、強大なのだ。
つむぎが生まれた頃は、街中で、代々こぢんまりと営んできた和菓子店だった実家も、職人である父の天才的な発想のおかげで、名の知れた一企業となった。新参ながら、〝名家〟の一つに数えられる家柄となったのだ。せっかく得た家柄なら、最大限、有効活用すべきであろう。
そう判断し、宝来学園の生徒となって。新参〝名家〟のくせに一年生のうちから目立つのは、却って学園のコミュニティから爪弾きにされる可能性が高いと、昨年度は大人しく、人脈を広げて〝飯母田つむぎ〟自身が一目置かれる立場になることを優先させた。商売には、ときに、辛抱強さも必要なのである。
そうして、雌伏の一年を過ごした、今年度こそ。
(『飯母田製菓』の販路拡大において、非常に重要な一年となるだろう。ここで上流階級へ販路を広げ、そしていつの日か、『いいもだ』の和菓子を全世界へ――!)
幼い頃からの野望を胸に、つむぎは決意を新たにした――、
そのとき。
びゅううううぅぅ……。
突如、強い風が吹き、受付に置いていたクラス分け表や、『ご自由にお取りください』コーナーの案内チラシが宙を舞った。チラシはともかく、クラス分け表は個人情報満載の紙媒体、校外へ出てしまっては一大事である。
つむぎは受付から飛び出し、飛んでいったクラス分け表を素早く回収していく。見間違いでなければ、飛ばされたのは全部で九枚。各々の行き先も、可能な限り目で追っていたけれど。
(七、八……あと一枚、どこだ?)
動体視力が人より良い自覚はあるが、さすがに九枚分、全てを追い切ることはできない。ぐるりと周囲を見回して紙の飛んだ方向に漏れがないか、チェックしていく。
(そういえば、正門の方にも……あぁ、あれか)
そろそろ、新入生と思しき人影もまばらになってきた桜並木道の真ん中に、ラスト一枚が落ちている。
どうやら個人情報の外部流出は避けられそうだと、つむぎはほっとして最後の一枚を拾い上げ、踵を返した。
悪戯な風は未だに舞い上がり、満開の桜を吹雪へと変えている――。
「お……お継母、さま――?」
(……?)
桜吹雪に目を奪われた、その瞬間。
何故か耳を、心を叩いた可憐な声に、つむぎの足は自然と止まった。
全く聞き覚えのない声なのに、どうしてか、〝彼女〟が呼んでいるのは自分だと、根拠のない確信が湧いてくる。
「お継母様――!」
ほら。今度はより、はっきりと。
自分を目掛けて飛んだと分かる、この〝声〟の持ち主は、いったい誰なのか。
ゆっくり、ゆっくりと振り返った、つむぎの瞳に、飛び込んできたのは。
「あぁ……お継母様!!」
抜けるように白い肌。
艶やかな唇は赤く煌めき。
可愛らしいボブカットの黒髪には、天使の輪が輝いている、
「お逢いしとうございました――!」
絶世と言っても過言ではない、美少女で――!
「――お継母様!!」
「!?!?」
羽のように軽い美少女でも、全速力でぶつかって来られたら、まぁまぁの衝撃である。
目が合った瞬間、突進され、ぶつかられ、抱きつかれて、つむぎは真面目に混乱した。
(おかあさま? 私が? え、待って私いつこんな美少女産んだ!?)
「神に感謝を……! お継母様と巡り逢うため、わたくしはこの生を頂いたのですね――」
「いやちょ、」
「お継母様、あぁ、夢みたいですわ……」
「とりあえず落ち着いて……」
「もう二度と、絶対に、離れません。こうして願いが叶ったのですから……!」
潤んだ涙目で見上げてくる少女は、そのまま写真に収めたいほど美麗ではあるが、ちょっと本気で待ってほしい。
(私はただ、商売したいだけなのに! いつの間に娘を産んだんだ!?)
混乱しきりのつむぎは、気付かなかった。彼女に抱きつく美少女の瞳は、一点の曇りもなく正気で、かつ、深い深い思慕の情に満ちていることに。
そして。
「は!? ヒロインが悪役令嬢に即落ち二コマ!? アイエェェナンデエエェェェ――!!」
少し離れた場所で、これまた頭を抱えて悶絶している、〝もうひとり〟にも。
――これは、とある〝乙女ゲーム〟の世界で、〝乙女ゲーム〟とは全然無関係な前世持ちの〝ゲームキャラ〟たちが繰り広げるすったもんだと。
「分かった! お菓子をあげるから、ひとまず離れてくれ! ――ついでに気に入ったらご購入よろしく!!」
そんなすったもんだをどうにか乗り越え、実家のお菓子の販路拡大に挑む主人公、飯母田つむぎの。
「お継母様!」
「ナンデェェ!!」
「お菓子あげるからー!」
……とても、とっても濃い、一年間の物語である。