入寮式・夜〈ルート共通イベント?〉②
IT技術を駆使したデータ解析、管理、及び情報収集は、亘矢が最も得意とする分野だ。彼のタブレットは、見た目こそ齧られた果物がトレードマークのよくあるやつだが、内側は彼仕様に幾重もプログラムを組み替えられ、素人ではその中身すら理解できない代物と化していた。
つむぎも、亘矢と出会うまでは自己流で店の売り上げデータの解析や市場リサーチなどを行っていたが、やはりその道に特化した人の仕事の〝質〟は、目に見えて違う。餅は餅屋の諺にもある通り、任せられることはプロに任せた方が賢明と判断し、亘矢と親しくなってから、そちら方面の作業は彼にお願いしている。
「後は、入寮式前の受付で、新入生のほぼ全員に『カット千歳飴』を配れた。個包装袋に『いいもだ』のロゴ入りだから、何人かにはヒットすれば良いが」
「いけんじゃね? あの飴一つで『飯母田製菓』まで辿り着くのはむずいけど、入寮式でパンフレットと一緒に飴をくれた〝受付の先輩〟への好感度は、ざっと見た感じ、かなり高かったからな。つむは普通に生きてるだけで目立つし、そのうち〝受付の先輩〟の素性が知れ渡れば、上流階級層の次世代に〝飯母田〟の名前は自然と広がるだろ」
「目立つか、私? ……まぁ、この髪だからな」
つむぎの髪の色は、白髪ともグレーとも違う銀色である。カラフルな髪色が珍しくない世の中ではあるが、さすがに日本人で天然の銀髪は珍しい。宝来学園にもつむぎ以外は見当たらず、そんな人間がボランティアとしてあちこちに顔を出していれば……うん、それは普通に目立つ。
「髪が、というより、つむの存在が目立つんだ。二年生で成績は学年トップ、運動神経も抜群な文武両道の賢女と来れば、注目されねぇ方が変だろ」
「二年生はたまたま、学業特化の優等生が少なかったからなぁ。特別寮組も勉強できるタイプじゃなかったし……競争相手が少なければ、私程度の頭でもトップは充分狙えた、ってことじゃないか? もう一年早く生まれて、コウや生徒会長と同い年だったら、学年トップなんて夢のまた夢だったぞ」
「運も実力のうちだろ。結果的に、二年のトップがつむなのは変わらねぇし。――言っとくけど、客観的に見た今のつむの評価は、学年トップの成績でありながら、それを鼻にかけることもなくボランティアとして積極的に働く、優秀かつ人柄も優れた二年一般生徒、だからな」
「……まぁ、成り上がりの家出身と侮られないように、去年一年は顔を売ることと信用を得ることを第一にやってきたからな。そういう評価をもらえているなら上々だろう。下心しかなかったボランティア活動をそこまで好意的に受け取られて、若干良心は痛むが」
「下心しかなくても、ボランティア自体は真面目に取り組んでたから、妥当な評価でもあると思うぜ? つむみたいな美人に世話を焼かれて、嬉しくないヤツは少数派だろうし」
「ルッキズムもここに極まれりな発言だな。ボランティアに顔は関係ないぞ。――私の見た目が、髪も込みで印象に残りやすいのは確かだろうけど」
「だろ? そういうの諸々含めて、〝生きてるだけで目立つ〟んだよ」
「なるほど」
『飯母田製菓』の歩く広告塔を自認している身として、それは決して悪いことではない。ふむ、と頷いて、つむぎはしばらく、亘矢の指がタッチパネルの上を舞うのを見守った。
――見守って。
「よし」
「結果、出たか?」
「あぁ。去年一年の地道な認知向上活動も込みで、現在、〝飯母田〟の宝来学園における認知率は、概ね七十パーセントってところだ。〝飯母田〟が和菓子専門店の家だって認識の浸透率は、高く見積もって五十、低く見積もって四十パーセントって感じか」
「……概ね半分程度の認識率、ってことだな」
「そういうことになる。つむが入学するまで、どっちも十パーセントがせいぜいだったことを思えば、これだってかなりの躍進だが」
「躍進は躍進かもしれないけど、思い切った販売戦略へ打って出るにはまだ早い。せめてもう少し……低く見積もって六十パーセント程度の認知は欲しいな」
「一般相手にマーケティングするなら、今のままでも充分なんだけどな。ツテとコネと人脈がモノを言う上流階級を相手取るなら、もう少し慎重に足場を固めていくべきか」
「あぁ。今、何かしらの販売アプローチを見せても、買ってくれるのは私と『飯母田製菓』に好意を抱いてくれている少数だけだろう。本格的に販売していくとなると、ある程度は商売っ気が出てしまうからな。それに反感を抱かれてしまったら、私への好感が一気に反転して、嫌悪へと変わってしまう恐れもある」
「俺も同感だ。『飯母田製菓』の存在までは刷り込めなくても、いざ本格的な販売を始めたときに反感を抱かれないよう、今日みたいに和菓子を配る機会を増やして、つむと和菓子をもうちょい結びつけておきたい」
「うん、分かった」
営業データを元に、販売戦略を練る――メーカー営業においては、かなり上の役職の仕事であろう。まだ高校生のつむぎと亘矢が、寮の庭でコソコソ落ち合ってやることではないが、『飯母田製菓』に限っては、これが〝正解〟だったりする。
「コウと私が揃って宝来に居られる今年のうちに、どうにか学園内での販売実績を上げておかないとな。――せっかく、『飯母田製菓』の営業とデータ解析のトップが、法的に堂々と宝来学園へ潜り込めてるんだから」
「一般大衆向けだけに特化するなら、取り立てて宝来ですることもねぇんだけどな~。親父さんと直弟子さんたちが作る和菓子は、どっちかといえば上流階級向けだから」
「お父さんは同年代の他の和菓子職人と比べて、創作和菓子の方面での実力と才能が頭一つ抜けてるんだよ。それはそれで稀有なことだし、本人も楽しんでるから、文句は別にないんだが。……一つだけ問題提起するなら、お父さんの考える創作和菓子は下町の和菓子屋さんに並ぶような大衆向けのじゃなくて、高級志向の〝芸術品〟なんだよな。材料費はかかる、作る方の手間暇もかかるから数は作れない、そんな品を平気で下町の和菓子屋に、大衆価格で並べようとするんだ」
「採算合わないにも程があるだろ」
「だから、どうにか父の創作欲を満たしつつ、店を潰さないためにあれこれ策を弄した結果が、『飯母田製菓』だ。――私だってまさか、まだ小学校にも上がっていない幼児の戯言を両親が本気で取り入れて、ここまで店を大きくするなんて思わなかったさ」
つむぎの父、飯母田耕平は、典型的な分野特化型の天才である。和菓子創作の腕に於いては他の追随を許さず、権威ある賞をいくつも受賞し、和菓子界における知名度も高い。愛好家の間では、昔から一貫して高い人気を誇っている。
しかし反面、その他のことはからっきしで、特に経営に関する才知は皆無。ランニングコストの高い品々を、「親父もこれくらいで売ってたから」と経験則一つで、釣り合わない値段をつけて店頭に並べる。弟子の中に、「いや、それだと利益にならないですよ」と突っ込んでくれる人が一人でもいれば話は違っただろうけれど、天才和菓子職人の耕平を慕って「お給料なんかいらない、耕平さんの傍で働きたい!」と集まってきた彼らは、誰も彼もが和菓子バカ。採算何それ美味しいの? な方々ばかりであったのだ。
いくら当人たちが「お給料いらない」と言っていても、雇用契約を結んで働いてもらっている以上、給料を払わねば労基法違反で店の方がアウトになる。いくら売っても利益にならない品を店に並べながら、人件費だけは無駄にかかる――つむぎが物心ついた頃の『和菓子いいもだ』は、不渡倒産一歩手前の、まぁまぁヤバい状態であった。




