入寮式〈ルート共通イベント〉③
「はじめまして。高等部一年、寿翠斗です。クラスはB組、部活は科学部ですが、寮の一室を実験ルームとして使って良いという許可を得ましたので、学校で僕を見る機会はあまりないかと思います。……思いますが、僕もなるべく、できる範囲で学校生活を楽しみたいと考えています。もし見かけたら、お声掛けください」
「えぇと、すみません。翠斗は子どもの頃から科学が好きで、研究室に篭ることが多かったそうなので、こんな風に大勢の前で挨拶するのは慣れてなくて。――こんな彼ですが、量子力学分野においては、既に海外の高名な研究雑誌に論文が掲載されるほど、名の知られた存在なんです。アメリカの有名大学から、飛び級での進学を勧められたのを蹴って、高等部へ進学したのだとか」
「……それは別に、僕が選んだわけではありませんが。結果として、進学できて良かったです」
あまりに愛想のない、声に抑揚もない話し方をする寿翠斗に、マイクを渡した恵比黄清からフォローが入った。そのおかげで、ぼんやりとではあるが、寿家の彼についての情報が浮かんでくる。
(寿家は確か、上流階級の中でも中堅の家柄だったな。何でも跡取りの長男が大層優秀で、宝来学園でも伝説的な存在だったとか……長男ばかりがクローズアップされている印象だったけれど、次男も別分野で優秀というわけか)
兄弟それぞれが自身の能力を存分に発揮して、世間様からの評判を集めているわけだから、寿家の両親もさぞ鼻が高いことだろう。……その割に、次男の話はつむぎの情報網からすり抜けていたが。現状に満足せず、もっと商売人としてのスキルを鍛えねば。
(優秀なのは良いとして、どうしてか、あの寿家の次男が、私に対して話しているような気がしたんだが……特に、「お声掛けください」の辺りで)
正確には、恵比黄清も寿翠斗もつむぎの方だけを見ていたわけではないから、気のせいかもしれないけれど。特に、翠斗の方は話終わってから舞台下に視線を巡らせ、何やら考え込んでいたみたいだし。
――そのまま、マイクはさらにお隣の、綺麗な青色の髪をした少年へと渡って。
「みなさん、はじめまして! 一年A組の人はさっきぶり! テニス部所属の、福禄聖蒼です!」
純粋そうで元気いっぱいの、明らかにこれまでとは毛色の違う自己紹介だ。実際、つむぎも名簿で確認はしたが、福禄という家名に見覚えはなかった。
おそらく、彼は。
「宝来学園には、テニス特待生として入学しました。生まれも育ちも一般家庭で、正直、お金持ちの世界のこととかよく分かってないけど……せっかく同じ学校に通っているんだし、仲良くできたら嬉しいです。よろしくね!」
やはり、一般からの奨学生枠か。上流階級御用達という宝来学園のスタンスを覆してなお〝欲しがられた〟ということは、彼のテニスの才は、同年代の中で群を抜いているということだろう。テニスも地味に金がかかるスポーツだから、一般家庭に生まれ育ちながら〝それほど〟なら、お金を惜しまない宝来学園で三年間過ごせば、きっとその才はより光るはずだ。
元気いっぱいに挨拶した後、最後に彼もつむぎの方向をチラリと見て(勘違いでなければ、また目が合った)マイクを隣へ手渡した。
「は~い。以上が、今年入学した特別寮の一年生です。新入生のみなさんとは同学年だし、長い付き合いになると思うから、仲良くしてあげてね~」
手渡された彼――暗い藍色の髪をした、二年B組の有名人が、にこにこ笑顔でそう締める。そのままマイクを戻しに行こうとするのを、さらに隣で待機していた、紫色の短髪の長身男子に襟首掴んで引き戻された。
自己紹介を終えたばかりの福禄少年が、額を抱えて二年B組の彼の肩を叩く。
「……深藍、自己紹介」
「えっ? あっ、忘れてた! ごめーん」
「ついでに言うと、自己紹介は俺もまだだからな。勝手にマイクを返そうとするな」
「あはは、紫貴もごめんって」
気軽なやり取りは、彼らの仲の良さを如実に物語っている。新入生たちから忍び笑いが起きる中、彼は改めて笑顔を見せ、マイクを構え直した。
「えぇっと、二年B組の弁財深藍です~。部活は一応吹奏楽部だけど、普段は演奏会で学外にいることが多いから、参加率は低いかも。専門楽器はピアノだけど、楽器なら一通りは演奏できるから、音楽関連で何か困ったことあったら、気軽に頼ってね~」
「いや、深藍、俺らの中で誰よりも遭遇率低いから、頼ろうにも無理じゃん」
「去年からずっとレアキャラだもんな」
「むしろ、今日、入寮式に参加できたのが奇跡だろ」
ツッコミどころ満載な自己紹介を、舞台上で特別寮の仲間たちがすかさず拾ってくれることで、大きな笑いが巻き起こった。――新年度になっても、〝B組のド天然枠〟、弁財深藍は健在のようだ。
一般家庭の生まれながら、天才的なピアノの腕が評判となり、音楽一族弁財家の養子となった深藍。一年の三分の二は演奏旅行で国内外を飛び回っており、普通にクラスで授業を受けている方が珍しいと言われている彼だが、有名なのはそのレアキャラぶりではなく、その稀な出現率にも拘らず落としていく、ド天然エピソードの数々である。量も半端なければその内容も錚々たるもので、『受ける教科とは違う科目の教科書を大真面目に開いて授業を受け、授業終わりに当てられるまで教科書が間違っていることに気付かなかった』がド天然伝説の〝入り口〟として語られる程度には濃い。一年の三分の一しか学内で過ごしていないはずなのに、エピソード数が大小合わせて概ね一年間の授業日数程度ある(つまり、平均して一日三回、天然を炸裂させている)と言えば、その〝有名〟っぷりにも納得である。
(……まぁ、彼の場合、普段のド天然おとぼけぶりと、楽器を前にした時のギャップで、余計に〝やられる〟人が多いのかもしれないが)
家の興りは室町時代にまで遡り、管弦器楽の大家として歴史に名を刻み続け、今では和洋を問わず〝器楽演奏といえば弁財家〟と太鼓判を押されるほどの家に〝スカウト〟された天才少年――それが弁財深藍だ。既に彼単独のコンサートも幾度か成功させていると聞く。顔の良さも相まって、世間的な認知度は、おそらく今期の特別寮一だろう。楽器演奏しているときの彼は、その神懸かった技量も相まって神秘的なオーラが感じられるほど輝いて見え、普段のド天然キャラは微塵も感じられない。
「――そんなわけで、特別寮の紹介でした~」
「だから、紫貴がまだ喋ってないって!」
「あれ? そうだっけ?」
「そうだよ!」
……逆に普段は、演奏中の姿が「見間違いかな?」と思うほど、こうして緩い人なのだが。彼とは、晴緋繋がりで何度かプライベートな会話を交わしたことがある程度の仲だが、それだけの関わりでも「うん、これは有名人になるよな」と頷ける御仁であった。どうやら今年も、彼のド天然エピソードは、着々と増えていくらしい。
周囲からツッコミの嵐を受けた弁財深藍からマイクを受け取った、特別寮、最後の一人は。
「えー、三年A組、布袋紫貴だ。剣道部主将を務めている。隣を含め、今期の特別寮は例年にも増して緩さが際立つが、与えられた役目は着実に果たしていくので、よろしく頼む」
ツッコミ疲れな雰囲気をありありと出しながら、言葉少なに挨拶を締め括った。〝苦労人〟の三文字を背中に背負う、顔を見知ったの先輩の姿に、つむぎはこっそり手を合わせておく。
(……布袋先輩、お疲れ様です)
現代に残る数少ない、実践的な〝剣術〟を代々受け継ぐ布袋家の嫡男が、布袋紫貴だ。『布袋流剣術』は、護身にも制圧にも使える汎用性の高い実践剣術として、特に警護系の職業界隈で人気が高い。風紀委員会も何度か彼に指南してもらっており、そこにボランティアとしてつむぎも参加していたため、会えば挨拶を交わす程度には親しい。
(ボランティアしてると、それなりに顔が売れるから便利なんだよなぁ)
特に運動系の部活は、大会などで忙しいときだけ欲しい人手に割と困っている節があるので、ボランティアとして手伝いたいと申し出て、断られることはほぼない。今期の特別寮生が所属している、サッカー部、バスケ部、テニス部、剣道部のいずれにも、昨年度のうちにボランティアとして顔は売っておいた。ついでに茶道部と吹奏楽部も、行事前の慌ただしい時期をフォローしたことがある。関わりがないのは、科学部くらいか。
(とはいえ、現状、大天くん以外の二、三年の特別寮生とは、顔見知り程度の繋がりに過ぎない。これをどう活かしていくか、また改めて、戦略を練らないと)
そう考えつつ、つむぎは何気なく、新入生たちの様子を見回して――。
(……ん? あの子は)
青ざめた表情で、舞台上を凝視している、白雪の友人――三界千照が、目に入った。
今にも倒れそうな彼女の様子は尋常でなく、つむぎは思わず、真顔になる。
(どうしたんだ? 何か、舞台の上を見て、大きなショックを受けているようだが)
彼女が凝視する先には、紹介されている七人の特別寮生(プラス、司会の生徒会副会長)しかいない。彼らの自己紹介も、聞いていた限り、不自然なものではなかったはずだが。
(先ほどの受付での様子といい、今の状態といい……彼女には何か、抱えているものがあるのかもしれないな)
そういう顧客は、こちらの何気ない言動が思わぬ地雷となって、大問題に発展する可能性が、他に比べて高い。今後、彼女と接するときは、慎重に対応した方が良さそうだ。
「特別寮の皆さん、ありがとうございました! ――それでは、続きまして、新入生の皆様お待ちかねの、部屋割りを発表します!」
色々と思索しつつ、つむぎがボランティアに勤しむ中、入寮式はいよいよ終盤へ差し掛かろうとしていた――。




