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入寮式〈ルート共通イベント〉②


 ――完全に萎縮した新入生の前で、場違いに明るい副会長の声が響く。


「さて、それではいよいよ、特別寮の生徒の皆さんに登壇してもらいましょう! 今期は何と、七名の方に入寮頂きました!」


 彼女の声に合わせ、生徒会、風紀委員会、ボランティアたちの拍手が起こる。何となく釣られて新入生たちも手を叩き、音が盛り上がったところで、音響担当が派手な登壇BGMを流した。

 照明が切り替わり、それを合図に、舞台上手から次々と、制服姿の生徒たちがやって来る。――いずれもイケメン揃いな、七人の男子生徒が。


(今年の特別寮生は、全員男子か。まぁ、名簿で見た一年生も、女性名には見えなかったしな)


 特別寮は一人一人完全個室で、それぞれの部屋に風呂トイレ完備、もちろん鍵付きだ。共用スペースもあるにはあるが、自室へ行くのに共用スペースを通る必要もなく、部屋割り次第で男女の空間を区切ることも可能なため、年度によっては男女混合となることもある。

 まぁ、上流階級に属する女性は専門の道を極めるより、家の維持に必要なスキルを得て家政に専念するケースが多いので、女子の特別寮生が珍しいのは確かだが。それでも、数年に一度は男女混合になるという話だから、上流階級も時代の波に無縁ではいられないということかもしれない。

 ――それはともかく、今期の特別寮生が、それぞれ顔立ちの整った男性七人であることは、どうやら間違いないわけで。これはまた、女子生徒が盛り上がることだろう。


「皆さん、ご登壇ありがとうございます。お一人ずつ、自己紹介をお願いできますか?」


 司会進行の副会長の声も、気のせいでなければ、どこか弾んでいるような。


「自己紹介なんて大層なモノじゃないけど……分かりました」


 苦笑しつつ頷いて、最初にマイクを受け取ったのは、向かって左端に立つ、赤髪の少年だ。

 ――彼の名前は、知っている。


「新入生の皆さん、入学おめでとう! 俺は二年A組の大天(おおそら)晴緋(はるひ)といいます。今期はサッカー部の主将を任されていて……インターハイ優勝がまず最初の目標かな。一緒に頂点を目指したいガッツのある新入部員を待ってます!」

「大天さん、今は部活動勧誘の時間じゃないですよ」

「あっ、そうだった! ――けど俺、サッカー以外の話、あんまりできないしなぁ」


 司会とフランクに話す様子に、新入生たちから笑いが漏れる。見事に空気を和らげたムードメーカーへ、つむぎは心中、称賛を送った。


(さすがだ、大天くん)


 昨年度、一年A組だった彼とつむぎは、同じクラスでそこそこ会話する仲だった。何しろ名字が同じあ行だ、出席番号順でグループ分けすると、だいたい同じ班になる。

 だからつむぎは、サッカー馬鹿な彼が、サッカー馬鹿であることに違いはないが、常に周囲をよく見て集団が上手くまとまるよう立ち回る賢い一面があること、ときには道化を演じてでも和やかな空気を作る、優しい人であることも知っていた。特別寮生ということでクラスの中心にされがちな彼だが、精神的にはいつも一歩引いて、クラス全体のことを考えている。一人っ子のはずなのにどこか兄気質のある彼と、商売のために身の回りの事象を俯瞰する癖がついているつむぎは気が合い、何気ない雑談も気安く交わせる仲となったのだ。

 おそらく、今も。舞台袖で副会長の淡々とした特別寮の説明を聞き、新入生たちが怯えているのを察して、わざと〝サッカー馬鹿〟な面を全開にすることで、固い空気を払拭しようとしたのだろう。――その証拠に。


「えー、三年A組の沙門(しゃもん)橙雅(とうが)だ。コイツを見てもらって分かる通り、特別寮生は一芸に秀でてるところを学園に見込まれてるってだけで、そんな大した存在じゃない。人を出自や立場で差別して貶めることをしない、なんて、寮則以前に人として当たり前の話だからな。あまり萎縮せず、常識の範囲内の礼儀礼節を守って接してくれたら大丈夫だ。よろしく頼む」

「え~、橙雅、ひどくない?」

「ひどいわけあるか。自己紹介一発目で、取り繕いゼロのサッカー馬鹿を露呈しやがって」


 続く挨拶をした右隣の先輩が、息の合ったフォローを見せたことで、新入生たちの空気は完全に落ち着きを取り戻す。オレンジの髪が目に眩しい、三年A組の沙門橙雅は、同じクラスの亘矢から聞いた話では兄貴節全開な盛り上げ上手とのことなので、全方向への気配りを欠かさない大天晴緋とは良いコンビなのだろう。実家の家格が近いこともあって、二人は幼い頃からの顔馴染みでもあるらしい。

 ひとしきり、晴緋とのやり取りを見せた後、「言い忘れていたが、俺はバスケ部の主将だ。バスケ部もサッカー部と同じく、インターハイ優勝を目指している」と軽く言い添えて、橙雅は隣へマイクを渡した。二人のやり取りをクスクス笑って聞いていた、見覚えのない金髪のイケメンが、心得た様子で受け取って口を開く。


「新入生の皆さん、こんにちは。皆さんと同じく、本日、宝来学園に入学した、恵比(えび)黄清(おうせい)と申します」


(――なるほど、彼が)


 自己紹介を聞いて、納得した。――彼が〝不屈の貴公子〟との呼び声高い、恵比家の御曹司か、と。


「茶道の家元、恵比家の次代として、宝来学園茶道部の監督指導と、茶道の授業の外部アドバイザーをいたします。まだまだ未熟ながら、精一杯努めますので、どうぞよろしくお願いしますね」


 穏やかな物腰ながら、その眼差しと振る舞いからは一本芯の通った強さを感じる。風に靡く草木の如き、しなれど折れずの柔らかな強さを纏った彼は、生まれによる逆境をその精神力一つで覆し、自らの立場を確立させた〝強者〟として名高い。


(確か彼は、母親が若い頃、海外旅行中に誰ともしれない男の種を宿し、未婚のうちに生まれた子として、恵比家から冷遇されていたんだったか。その待遇を変えるべく、家元を唸らせるほどの茶道の技術と知識を身につけ、外部へ積極的に発信していくことで茶道家としての世間の支持を得て、最終的には自身の父親の出自を明らかにして、自ら恵比家次代当主としての地位を勝ち取ったとか。……うん、〝不屈〟の二つ名がぴったりハマる御仁だな)


 金髪緑眼と、いかにも欧米系の色彩的特徴を持ちながら、顔立ちはいかにも茶道の家元らしい和風美人な彼は、見た目だけなら神秘的な静謐さを宿しているものの、そのエピソードはお世辞にも静かではない。これも一種のギャップ萌え、になるのだろうか。


(ギャップはともかく、日本茶道の大家の一に数えられる、恵比家のご令息だ。この一年間で、どうにかしてお近づきになりたいものだな)


 父の作る和菓子は、恵比家の茶席にも不足ない、むしろより引き立てる逸品であると、つむぎは自負している。恵比家御用達の和菓子屋となれたら、『飯母田製菓』の名は日本茶道界に広く轟くだろう。販路の拡大先として、これほど魅力的な候補もそうない。

 ――そんなことをつらつら思いながら、舞台上を眺めていると。


(――え?)


 ふと、恵比家の貴公子の視線がこちらを向いた。それだけなら偶然と流せるが、つむぎが彼を注視していたこともあり、視線がしっかり合ったことが分かる。

 そして。


(わら、った?)


 その瞬間。彼の表情が、柔らかく、喜びに満ちて綻んだのを、つむぎは確かに目撃したのである。勘違いしようもないほど、はっきりと。

 微笑まれたつむぎが分かったくらいだ。新入生の中でも何人か、勘の良い生徒がこちらを向き、貴公子が微笑んだ先を確認しようとしている。つむぎは素早く居住まいを正し、壁と同化して何の変哲もないボランティアを装った。

 もちろん、装っただけで、頭の中は疑問だらけだ。


(……? あれほど親しげな微笑みを向けられる付き合いは、現状、なかったはずだが。いくら何でも、恵比家と何らかの接点を持っておきながら言い忘れるような、報連相ポンコツの従業員は雇っていない、はず)


 つむぎが混乱している間に、マイクは恵比家御曹司の隣に渡る。マイクを渡す刹那、彼が隣の少年に、何やら耳打ちしたのが分かった。耳打ちに頷いた、緑色の髪の、何やら神経質そうな少年が、ぐるりと舞台下を見回し、こちらをじっと見つめてから話し出す。


今話と次話に〝メイン攻略キャラクター〟の紹介がまとまっているので、名前や基本情報など、どうぞご参照ください。

誰よりも作者が分からなくなっては、この話を読み返しています。。。

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