入寮式〈ルート共通イベント〉①
ただのボランティアのはずが、開式前からやたらと考えることの多かった受付業務も、表面上は何事もなく終わって。
「それでは、続きまして、今期の特別寮生徒の方々をご紹介します」
生徒会副会長の司会で、入寮式はテンポ良く進んでいた。
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宝来学園の高等部学生寮は、前述した通り、〝一般社会の感覚を身につける〟ことを趣旨に設けられている。そのため、お金持ち学校の寮にありがちな『寮コンシェルジュ』や『使用人』といった従業員は存在せず、居るのは住み込みの管理人が男女棟に各一人ずつと、寮の食堂担当の調理員のみ。調理員は通いで同じ人が常駐しているわけではないし、清掃員も、年に二度の大掃除時の補助として入るだけ。管理人は使用人ではないので、生徒個人の用事など、もちろん請け負わない。普段の掃除、洗濯など、食事を除いた身の回りのことは全て、生徒自身の仕事となる。
(一般社会では当たり前のことだが……この学園では、毎年、この説明で新入生からどよめきが上がるんだよなぁ)
何しろ、ここへ来るまで、自分の家で掃除機すらかけたことのない令息令嬢の集団なのだ。宝来学園寮の方針については予め説明されていたはずだけれど、ここで実際の状況を聞いて、「これほどとは思わなかった」と感じる生徒が大半なのだろう。
受付から――エントランスホール後方から全体を見回すと、新入生の狼狽ぶりがよく分かる。中には「そんなの生きていけない……」と悲壮感に溢れている子もいて、なかなか大袈裟な嘆きっぷりに、呆れを通り越して感心してしまった。
(世の中の大半は、そうやって生きてるんだ。頑張れ、若人)
受付の机の上を片しつつ、心中でそっとエールを送っておく。
新入生が寮生活に不安を覚えてどよめくのは毎年のことなので、式進行を担っている生徒会執行部も、この程度で動揺はしない。嘆く新入生をサクッとスルーし、男子寮長(生徒会長が兼任)、女子寮長(生徒会副会長が兼任)、男子寮監督長(風紀委員長が兼任)、女子寮監督長(風紀委員三年女子が兼任)と、寮の役職を次々紹介していく。いずれも美男美女の登壇に、新入生たちが先ほどまでとは違ったどよめきを上げた。
(うん、分かる。今年は特に、登壇者のレベルが高い)
美容に金をかけられる界隈の方々だから、宝来学園の顔面偏差値は全体的に高めだが。その中でも特に、生徒会長と風紀委員長の二人は、それぞれタイプの異なる美形である。甘いマスクの王子様と、端正な顔立ちのメガネ美人とくれば、特に女子生徒から漏れる甘いため息も、さもありなんというところ。例えるならば、王子と、彼を支える騎士といった感じか。
(にしても、前から美形だとは思ってたけど、舞台上で生徒会長と並んでも見劣りしないとは、コウの顔面は本当に強いな)
出会った頃から顔の良い男の子だった彼は、共に成長する中で、一般大衆へと溶け込むには少々目立ちすぎるお顔の青年へと順当に育った。都心の繁華街を歩けば、結構な確率で芸能事務所のスカウトが名刺を渡してくるレベルと言えば、その顔面力がいかほどのものか、分かってもらえるだろう。当人が芸能の仕事に興味を示さなかったから、こうして今があるわけだが、もしもスカウトマンの話にコウが乗っていたら、今頃は雲の上の存在だったかもしれない。
――そんなこんなで、新入生の不安を寮の顔役の顔面力で有耶無耶にするという、いつもの流れで式は滞りなく進み。
「それでは、続きまして、今期の特別寮生徒の方々をご紹介します」
いよいよ、式も佳境に差し掛かりつつあった。
(特別寮の新入生か。名前だけは確認したが、特別寮生は入学式でも入寮式でも通常受付を通らないから、顔を見るのは初だな)
「生徒紹介の前に、新入生の皆様方へ、特別寮の説明をいたします。宝来学園高等部の学生寮は四棟に分かれ、うち三つはここ、高等部寮棟敷地に纏まっております。男子学生寮、女子学生寮と、その間に男女共同棟があり、共同棟を挟んで全体的にカタカナの〝コ〟の字になっている感じですね。詳細は後ほど、受付にてお配りしました、パンフレットの寮案内図をご覧ください」
司会進行役、生徒会副会長の言葉に、素直な新入生たちが揃って頷く。
一呼吸おいて、副会長はまっすぐ新入生たちを見下ろした。
「そして、最後の一棟が、先ほど申し上げた『高等部特別寮』です。この寮は高等部から程近い場所に設けられており、高等部に在籍しながらも、既に特定の分野で社会的に大きな成果を上げている生徒の住まいとなっています。宝来学園は課外活動にも力を入れているため、その強化策の一環としてお招きした奨学生なども含まれます」
要するに、スカウトだ。とはいえ、天下の宝来学園なので、あまり一般家庭の子に目をつけることはないようだが、全くいないわけでもない。現に、今年の一年生にも、奨学生として入学した生徒がいたと記憶している。
とにもかくにも、特別寮には通常とは全く違う、〝特別〟な生徒が集っている。――そう周知しておかねば、この先が大変なのだ。
「特別寮の生徒は、この学園にて課せられている役目が、皆さんとは大きく異なります。そのため、彼らには多くの特権が与えられ、特別寮生に宝来学園の寮則は当て嵌まりません。彼らがそれぞれの役目に集中できるよう、寮には専任のコンシェルジュがつき、食事もそれぞれの生徒に応じた専用食が必要となるため、プロのチームに入って頂いております。その他の掃除や洗濯も、雇用契約を結んでいるハウスキーパーが行なっておりますが、あくまでもそれは、特別寮の生徒が自らの役目を果たすための措置であることをご承知おきください」
副会長の淡々とした説明に、そこかしこで不満の唸り声は上がるが、はっきりとした形にまではならず収束していく。入寮式にて特別寮の説明と寮生の紹介をしている肝はここにあり、甘やかされて育ったお坊ちゃまお嬢ちゃまの中には、毎年一定数、特別寮の存在を不満に思う者が出てくるのだ。
宝来学園高等部の特別寮は、その名の通り特別な仕様で、外見も中身もセレブ仕様に整えられている。しかし、それは特別寮の生徒に、生活の細々したことを処理する時間的精神的余裕が存在しないからであって、意味もなく特例を甘受しているわけではないのだ。かつて、それを理解しない殿様気質の生徒が一般出身の特別寮生を学校生活内で差別し、すわ宝来ブランドの危機にまで発展しそうになった事件があったらしく、その後は入寮式にて、特別寮の意義をこうして解説するようになったという。
「これから紹介します特別寮生の中には、一般家庭生まれの方もいらっしゃいますが、どの方も宝来学園の課外活動強化のため、学園上層部が選りすぐり、こちらからお願いして進学して頂いたことに変わりはありません。皆さんは、その意義をよくよくお考えの上、クラスメイト、あるいは部活動仲間として接してください。――万一、特別寮生への加害行為などが報告された際は、厳正な処罰が行われる可能性が高いことも、合わせてお伝えしておきますね」
新入生たちが静かにざわつき、そのまま沈黙する。副会長の言葉は脅しでも何でもなく、過去の事例に基づいた忠告で、声のトーンからそれが伝わったのだろう。件の、宝来ブランド危機の引き金となった生徒とその取り巻きたちは、学園からの追放はもちろん、それぞれの実家にも制裁が下り、揃って没落したという話だ。学生同士のいざこざにしては〝厳正な処罰〟が重すぎると思わなくもないが、世界に名だたる宝来ブランドの危機は日本の危機でもあるわけだから、この場合は致し方ないのかもしれない。




