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入寮式〈開式前に〉④


 幼い頃から実家の和菓子屋で〝小さな店員さん〟として人気者だったつむぎにとって、限りなく接客に近い受付業務は得意分野だ。人数が多ければ多いほど、大勢の手に飴を渡せるわけだから、大混雑もまるで気にならない。

 挨拶し、渡して、流して――ひたすら繰り返せば、思ったよりずっと早く、人影はまばらになりつつあった。


(時間に余裕は……まだあるな。さすがに初日から、ホームルームを長引かせるようなことは、先生方もしないだろうし)


 その分、飴を味わってもらえる時間が増える――とほくほくしていると。


「やぁ。順調みたいだね」

「会長」


 新入生の入り具合を確認しに来たらしい生徒会長に、背後から声を掛けられた。

 頷いて、新入生リストとパンフレットの山を示す。


「現在、概ねの入りは五分の四といったところかと。受付を済ませた新入生に関しては、分かる限りでリストにチェックを入れています」

「うん、ありがとう。校舎誘導組から、ついさっき、全クラスのホームルームが終わったと連絡があったよ。そのタイミングで、校舎に残っている新入生たちにも寮への移動を呼びかける放送を入れるから、大きな山はあと一回かな」

「承知しました。わざわざありがとうございます」

「大したことじゃないよ」


 いつも王子な生徒会長は、そう朗らかに笑って。


「そういえば、飯母田さん」

「はい、何か?」

「君って、一般公立中学からの外部進学組だったよね?」

「そうです」

「そんな君が、どこで姫川家の幻姫と知り合う機会があったの?」

「まぼろしひめ?」


 問われて、首を傾げる。姫川家というからには〝幻姫〟とは白雪のことを指すのだろうけれど、あの生命力と存在感バリバリな彼女には、驚くほど似合わない異名だ。

 疑問が顔に出たのか、苦笑しながら王子は頷く。


「そう、〝幻姫〟。社交に興味を示さず、たまに父君と連れ立って顔を見せても、いつの間にか姿が見えなくなっている。本当に会場から去っている場合もあるし、あまりにも風景と同化しすぎて周囲が見落とす場合もあってね。まるで霞を掴むような存在感の薄さから、ついたあだ名が〝姫川家の幻姫〟というわけさ」

「へぇ……」


 つむぎは白雪がイキイキしている様しか知らないけれど、もしも彼女が根っからの社交嫌いなら、一刻も早くその場を去れるよう、敢えて存在感を消すこともあるだろう。現状、姫川家嫡流の次世代は彼女一人みたいだが、一昔前と違って、今は創業一族の人間が必ずしも会社を引き継がねばらない時代でもない。嫡子に家を継ぐ意思がなければ、養子を迎えるなり、経営専任者を新たに立てて財閥は資本運営のみに役割を固定化するなど、やりようはいくらでもある。

 あの彼女が存在感を消したくなるほど、上流の中でもさらに上の社交は魔境なのだろうか――とつらつら考えていると。


「それで?」

「はい?」

「飯母田さん、幻姫と仲が良いみたいだったけれど。いったい、どこで知り合ったんだい?」

「あぁ、その話ですか」


 そういえば、そんなことを聞かれていた。白雪と三界のご令嬢が現れたときは、ちょうど受付が空いているタイミングだったのだ。だからゆっくり話せたし、式準備をしていた会長も、たまたまその様子を目視できたのだろう。


(しかし、困った)


 校門での一幕は、白雪にとってかなりプライベートな領域のことのようだった。他言無用と言えば、王子な彼ならお行儀良く黙っていてくれるとは思うが、白雪のことを〝幻姫〟程度にしか認識していない赤の他人に、ペラペラ吹聴するのは躊躇われる。いくら彼が、全校生徒を取り纏める生徒会長とはいえ、本人の了承を得ずにプライバシー漏洩して良い道理もないし。


(そうだなぁ……ここは、少しぼかすか)


 素早く言葉を組み立てつつ、表面上は考えながら発言している風を装い、つむぎは言葉を返していく。


「……仲が良い、というほど大袈裟なものでは。先ほど、入学式前に校門前で受付をしていたとき、彼女が少し困っていたところを助けたんです。いたく感謝されて、そこでお互いに名乗り合ったので、名前が分かる数少ない先輩という意味で、今の彼女にとって気安い心地なのでは? 今後、彼女が学園に馴染んでいく中で、自然と私もその他大勢の先輩枠に入ると思いますよ」

「そうなのかい? それにしては、随分と君に懐いているようだったけれど」

「姫川さんは、外部入学組でしょう? 何もかも初めての学校で、困りごとを解決してもらった先輩に気安くなるのは、自然なことだと私は感じましたが」

「そういうものかな? 僕は幼等部からずっと宝来だから、確かに外部生の気持ちと言われたら、想像しかできない歯痒さはあるね。――にしても飯母田さん、幻姫が外部生だって、よく知っていたね?」

「中等部からの持ち上がり名簿に、姫川さんのお名前は見当たりませんでしたので」


 家柄や、学園における暗黙の序列を把握するため、生粋の宝来学園生と初、中、高等部それぞれからの外部入学組一覧を叩き込んでおくのは、宝来学園を販路拡大の足場とする上で、欠かせない下準備である。エスカレーター進学式の上流階級御用達校においては、当然のことながら、早くから在籍している方がステータスは高い。幼等部から生え抜きの中等部生と、高等部からの外部入学生では、表向きは先輩後輩の間柄でも、暗黙の序列は前者の方が上となる。

 要するに、後輩だからといってあまりフランクに接し過ぎると、お菓子を売り込むどころか相手先の家から出禁を喰らいかねないのだ。目に見える地雷を回避するため、得るべき知識を得ておくのは、商人として当たり前のリスクマネジメントに過ぎない。

 そんな営業展望のためではあるが、新入生の情報を細部まで把握していたつむぎに、会長は満面の笑みとなる。


「君はいつも、充分すぎるほどの前知識を頭に入れてから、ボランティアに来てくれるよね。本当に助かっているよ、いつもありがとう」

「えぇと、恐縮です。……あの、会長。そろそろ戻られた方がよろしいのでは?」


 先ほどから、ホール舞台前で準備に追われている生徒会執行役員の人たちが、ちらちらこちらに視線を送っているのだ。つむぎが分かるくらいだから、当然会長も気付いているだろうに。


「やれやれ、あまりに忙しいのも考えものだね。意中の女性を、おちおち口説く時間もない」

「そうですね。愚考しますと、女性を口説くに当たっては、もう少し落ち着いた環境下がよろしいかと。――見事に射止められた際はお祝いをお送りしますので、またお知らせくださいね」


 つむぎがそう返したところで、再び入り口に人だかりが押し寄せてくるのが見える。

「それじゃあ」と苦笑しつつ去っていった生徒会長に視線だけで黙礼して、つむぎは最後の山を切り崩しにかかった。

 ――接客の合間も、長年の習慣で、思考は澱みなく続く。


(受付業務のはずなのに、やたら隙間時間の雑談が多かったな……)


 白雪との会話は業務の一環としても、会長に話しかけられたのは想定外である。それほど、〝幻姫〟との異名があるらしい白雪が、自らつむぎに話しかけている光景が意外だったのだろうか。


(宝来財閥と姫川財閥に、業務提携といった深い繋がりはなかったはずだが……両家の階級はそれなりに近いから、社交場が被ることもあるんだろうな。あれほどの美少女だから、〝幻〟と言われていようが、姿を見せるだけで目立つことは間違いない。――案外、会長の〝本命〟だったりするのかもなぁ)


 姫川家嫡流のご令嬢なら、宝来家のプリンスと結ばれても、身上的に問題はない。むしろ、この上なく釣り合っているご縁の一つであろう。上流階級の上澄み層ともなれば、婚姻は百パーセント政略といっても過言ではない世界だから、もしかしたら水面下で既に話が進んでいる可能性すらある。


(そう考えれば、会長がわざわざ受付まで来て、彼女の様子を気にかけていた辻褄も合う)


 だとしたら、校門前での一幕をぼかしたのは、ひょっとしたら悪手だったかもしれない。生徒会長が〝婚約者候補〟として白雪を気にかけているのなら、彼女の情報をほぼ落とさなかったつむぎは旨味のない交流相手だろうから。

 ――ただ。


(だとしても、姫川さんの個人的なあれこれを、積極的に会長へお知らせしようとは思えないんだよなぁ……何となく、会長より姫川さんの方が、信頼を得ておくべき相手に思えるというか)


 宝来財閥の御曹司など、本来ならば、何をおいても真っ先に販路として得ておきたいツテのはずなのだが。商人としてのつむぎの第六感が「開拓するにはコスパが良くない」と告げている気がして、あまり本腰で向き合おうとは思えない。本人には申し訳ないながら、王子然として誰にでも優しく穏やかな彼は、その雰囲気で全てを煙に巻いて本音を決して覗かせないから、警戒心の方が先に立ってしまうのだ。


(実際、生徒会長の信頼を得たところで、それがどこまで〝宝来〟のツテコネに繋がるかと考えたら微妙なところだしなぁ……)


 世界有数のコングロマリットの呼び声は伊達ではないのだ。グループ規模が大きくなればなるほど、それぞれの分野で経営の専門家が立ち、その分野の業務を回している。宝来財閥の規模ともなれば、いくら創業者で経営者で持ち主であっても、彼らの意思が全て通るわけではない。むしろ、通らないことの方が多いはず。


(そう考えたら、後々姫川なり、嫁ぎ先なりで家政を担う可能性の高い姫川さんと繋がった方が、〝和菓子屋〟的にはオイシイんだよなぁ、やっぱり)


 贈答品にせよ、催しもの用の菓子にせよ、選定するのは当主ではなく、家政を担う妻の役目であることが多い。つむぎが『飯母田製菓』の販路として拡大したいのは〝そこ〟なので、未来の宝来財閥総帥として育っている生徒会長は、そういう意味でも少しずれているのだ。会長繋がりで彼の母まで切り込めるなら、チャレンジする価値は存分にあるが、宝来学園理事長――彼の父もまた、妻と早くに死別し、再婚していない。宝来家の家政全般は、現総帥の妻、要するに生徒会長の祖母が担っているという話で。さすがに、孫の後輩枠で宝来財閥総帥の奥様へ特攻をかけるのは無茶が過ぎる。


(――うん。やっぱり、生徒会長とは今の距離感を維持して、仲良くなれそうな姫川さんと、今後は相互理解を深めよう)


 今後の方針を決定し、つむぎは残りわずかとなったパンフレットを前に、気合を入れ直すのだった。


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