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入寮式〈開式前に〉③


  ***************



 時間は進み、入学式後のホームルームを終えた新入生たちが、風紀委員会の案内誘導に従って、次から次へとエントランスホールへ流れ込んでくる。朝と同じく、ホールの入り口にて受付業務を任されたつむぎは、これ幸いと『いいもだ』のロゴ入り個包装袋に包まれたカット千歳飴を大量に持ち込み、「お疲れ様です。よろしければ甘いものでもどうぞ」と、寮案内パンフレットを手渡すついでに、新入生へと配りまくっていた。


(これだ、これ! このお菓子配布をごく自然に行えるよう、去年一年間、ボランティアとして顔を売りまくったんだからな!)


 下積み時代が報われたときの快感は、何にも変え難いものがある。営業スマイルではない、心からの笑顔を浮かべながら、テキパキとパンフレット(プラス飴)を配っていくつむぎは、側から見れば完全に、後輩の入学を心から喜び、甘いもので気遣ってくれる、美人かつ親切な先輩であった。


「――あっ、飯母田先輩!」


 そこに、明るい声が投げ掛けられる。見れば、今朝方校門前で、生き別れ親子の感動的な再会シーン(但し勘違い)を繰り広げた、顔面スペック高めの宝来学園においても頭ひとつ抜け出ている美少女が、ぱぁっと顔を輝かせて、こちらへ走り寄ってくるところだった。

 彼女の名前は、確か。


「あぁ、姫川さん。入学式、お疲れさまだったね」

「お気遣い、ありがとうございます! 飯母田先輩、入学式にいらっしゃらないと思っておりましたけれど、こちらにおいででしたのね」


 死に別れた母とつむぎの顔を見間違えた(ということになっている)、姫川財閥のご令嬢、姫川白雪。姫川財閥系列の企業は、業績としてはさほど目覚ましくないけれど、創業一族の姫川家が歴史ある旧家ということもあり、名家の序列としては上の下くらいの位置だ。日本の名家の序列は、単純に業績良い会社の経営一族が上というわけでも、歴史の長い方が上というわけでもないため、この辺の見極めが実に厄介である。序列といっても、特に明文化されてはいない、いわゆる暗黙の了解というやつだから、余計に。


(とはいえ、姫川家とウチだと、ウチの方が遥かに格下なのは間違いないが)


 前年度決算だけで比較すれば、姫川財閥系列企業全体より、『飯母田製菓』の方が、利益率は上だったと記憶しているけれど。たった一年の、利益率の上下程度で、名家序列の下剋上は起こらない。――そしてそもそも、起こすつもりもない。


(姫川家……序列的に、上にも下にも顔が利く名家だ。ご令嬢と仲良くなって、損はないな)


 目の前の〝顔〟が持つツテコネ人脈は、販路拡大に有効か否か。つむぎにとって重要なのはそれだけで、全てはそこに帰結するのである。

 にこにこ笑う美少女に、つむぎもまた、にっこりと笑いかけた。


「私はただのボランティアだから、入学式も、この後の入寮式も、式の進行には関わらないよ。こうして細々した手伝いをするのが、今日の私の仕事かな」

「そうなのですね。わたくし、てっきり先輩は重要なお役目をお持ちだと思って、式の間ずっと、お探ししておりましたの」

「そんな、まさか。私は委員会にも部活動にも無所属の、単なる一生徒だよ?」


「――えっ」


 心底意外だという声が、白雪からではなく、白雪の後ろから聞こえた。一目散に駆けてきた白雪に視線を奪われていたが、どうやら彼女、一人ではなかったらしい。


「ん? 姫川さん、そちらはお友だち?」

「はい。同じクラスの、三界千照さんですわ。お隣の席なんですの」

「そうだったのか。――ようこそ、三界さん。入学式、お疲れさまでした」

「え……ぇと、はい。はい?」

「こちら、入寮式のパンフレットです。お疲れでしょうから、良ければこちらの飴でも舐めて、お待ちください」

「え、飴? あ、えと、ありがとうございます……?」


 ……どうしたのだろう。目の前の彼女は、随分と混乱しているというか、落ち着きのない様子だが。


(三界、三界……旧士族系の流れを汲む、三界家のご令嬢か。ご維新と共に商家へ鞍替えして、そこから現代まで、時代に即した商売で安定した業績を上げている、堅実なお家だな)


 代表企業である『三界商事株式会社』も、安定感のある経営路線が特徴で、就活生からの人気も非常に高いそうだ。三界家には、既に大学を卒業して現場で実績を積んでいる跡取り息子がいたと記憶しているが、高校生の娘がいたとは知らなかった。――こういうことがあるから、実際に現場へ出て、自分の目で確認するのは大切なのだ。


 ――それはともかく。


「三界さん? どうかした?」


 パンフレットと飴を受け取った体勢のまま、こちらを凝視してフリーズしている彼女は、どう見ても様子がおかしい。……姫川白雪といい、三界千照といい、間違いなく今日が初対面のはずなのだが。どうにも彼女たちのリアクションは、こちらを知っている人のモノのように思えてならない。


「え……ぇと。先輩の、お名前は」

「名前? 飯母田つむぎといいますが、何か……?」

「いいもだ……『飯母田製菓』の?」

「あぁ、ご存知で?」

「両親と兄が、そこのお菓子を『三界商事』で扱いたいと、話していたことが……あった、ような」

「そうだったんですね。ウチは規模的にも、三界さんのような大きいところへ卸せるほどの生産量はないのですが……いずれ会社が大きくなりましたら、そのときはぜひ、お願いしたいところです」


 つむぎの宝来学園入学に合わせてブランド力を高める方を優先させ、今はまだ、『飯母田製菓』はメーカー営業のみの販売だ。細々やっている自覚はあるので、現時点で『三界商事』のトップの目に止まっているとは思わなかった。大変嬉しい誤算である。

 営業スマイルでない、心からの笑顔でにこにこ受け答えてから、白雪にも視線を向けて。


「姫川さんも、パンフレットと飴をどうぞ」

「ありがとうございます! わぁ、この飴、とても可愛らしいですね」

「本当? ありがとう」

「お礼など……あれっ、このロゴは」


 さすがは育ちの良いお嬢様。人からもらったものは、瞬時に細部まで確認する習慣が身についているようだ。上流階級において、贈答品は重要なコミュニケーションツールの一つなのである。


「〝いいもだ〟……ということは、この飴、先輩のお家のものですの?」

「実はそうなんだ。ウチの千歳飴は、地域によってデザインと味が違ってね。職人たちが一本一本、丁寧に成形しているんだけど、一本丸々買うには、千歳飴って敷居が高いだろう?」

「確かに、そうですわね」

「だから、デザインと味を気軽に楽しめるよう、こんな風にカットしてパッケージしたんだよ。今日は特別に、全地域のものをミックスさせて持ってきたから、どこが当たるかも含めて、楽しんでくれると嬉しいな」

「そのようなお気遣いまで……さすがは飯母田先輩です!」

「あはは、ありがとう」


 しつこいようだが、白雪とは今日が初対面で、さすがと言ってもらえるほどの交流はない。ないけれど、褒めてもらって悪い気はしないので、つむぎは笑って頷いておいた。

 ……そして、そんな自分たちを食い入るように眺めている三界家のお嬢様に関しては、そろそろ真面目に心配するべきだろうか。


「えぇと、」

「――入寮式の会場はこちらでーす!! 受付でパンフレットをもらってお進みくださーい!!」


 話しかけようとしたところで、案内の風紀委員による呼びかけにぶった斬られた。どこかのクラスのホームルームが終わり、また集団がやって来たのだろう。


「いけない。これ以上は先輩のお邪魔になってしまいますわね。――三界さん、参りましょう」

「あ……う、うん」

「では、飯母田先輩。また後ほど」

「うん。入寮式、楽しんで」


 引き際を弁えている辺り、やはり白雪の育ちは良い。笑顔で彼女たちを見送り、つむぎは再び、パンフレットと飴を渡す流れ作業に入った。


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