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入寮式〈開式前に〉①

時間軸は現在、視点は主人公つむぎへ戻ります。


 入学受付時にちょっとしたトラブルはあったものの、時間通りにつつがなく、入学式は執り行われた。本日は生徒会執行部のボランティアなつむぎは、来賓への式パンフレットの配布であったり、式が始まってからは舞台袖で進行のサポートであったりと、ちょこまか裏方作業に勤しむ。


(入学式が終わったら……次は入寮式の準備か。息つく暇もないな)


 僅かな休憩時間に、お茶と和菓子で糖分補給しつつ、この先もまだまだ盛り沢山な今日一日を思い、つむぎは密かに苦笑した。



  ***************



 ――宝来学園高等部は、全国的にも珍しい、普通科全寮制の高校である。


 課外活動重視型の、全国から奨学生や特待生を集めに集めているような高校であれば、全校生徒が入れる寮を整備しているところもあるだろう。しかし、そういう高校であっても、通学圏内の普通科生徒まで一律で寮生活をさせるという風習は、生徒個々の自由やプライバシーが重視される昨今、急速に廃れてきている。

 そんな中、よく言えば伝統を守り、悪く言えば昔気質に、高等部の三年間は寮生活を行うことを方針として掲げている宝来学園は、このご時世、相当の希少種であろう。


(まぁ、理由を聞けば、理解できなくもないが)


 宝来学園に通う約八割は、上流階級と呼ばれる家庭の子女たちだ。生まれたときから家には住み込みのお手伝いさんがいて、専任のシッターがいて、厨房には料理人がいるような、そんな家で育ったお坊ちゃまお嬢ちゃまがゴロゴロしている。

 彼ら彼女らは、身の回りのことを自分でしたことがない。部屋の掃除も、料理も、買い物も。下手をすれば、毎日着る服を選ぶことさえしないという。本人たちが何もせずとも、周囲が全て整えてくれるからだ。

 上流階級で生まれ、その生活様式の中で育ち、その生活様式を保ったまま大人になり、新たな家庭を築いていく。彼ら彼女らは、よほどのことがない限り、自分たちと生活様式の異なる層と交わることもなければ、身の回りの全てを己の手で行わねばならないような、そんな暮らしを強いられることもない。


 だからこそ――思春期の多感なこの時期に、寮生活を通して、己の世話を自分の手で行う経験を積むことは、彼ら彼女らにとって重要なのだという。

 何故なら。社会に出た後、彼ら彼女らが主に向き合わねばならないのは、そうやって自分自身を生かしている、圧倒的大多数の一般国民だからだ。


 宝来学園を卒業した者たちが、将来、どんな道に進むとしても。その道の先には、必ず一般社会で生きる国民がいる。――そして、卒業生たちの多くは、そういった国民たちから支持されねば成り立たない職業に就くのだ。

 政治家に、企業経営者。弁護士に検事、裁判官といった、法曹関係。大病院の院長、華道や茶道、武道の家元といった、家業の跡目。才能に優れていれば、スポーツ選手や音楽家といった、芸能関係に進むこともある。

 その、どれも。一般国民からの支持無くして、大成することはない。

 圧倒的大多数からの支持を得るため、一般国民の感覚を実地で理解することは、彼らにとって必要であり、大切なことなのだ。


(このご時世、一般とズレた感覚を表に出すだけでも、炎上案件で命取りだからなぁ……)


 以前、とある政治家三世が、〝夜遅くまで仕事してますが、夕食はお家で食べる家庭派です☆〟アピールに、自宅で夕食を食べる写真をSNSにアップしたことがあった。家庭派を強調するためか、写真にはエプロンをつけた妻も一緒に写ったが――彼女がテーブルにつかず、食事を食べる政治家を見守る位置に立っていたことで、「妻を家政婦扱いしている」と大炎上したのだ。

 上流階級の事情をある程度知っているつむぎからすれば、頭を抱えるしかない事例である。政治家三世の、しかも現役国会議員の家ともなれば、日常の家事を妻が担っているなんてことはあるまい。夫が東京で国会業務を担っている間、地元の地盤を守るのは妻の仕事だ。後援会のお世話や地元有力者への挨拶回りなどで忙しく、とてもじゃないが家事にまで手は回らない。当然、家のことはハウスキーパーに任せているはずだし、子育てだってシッターの手を借りていることだろう。〝夜遅くまで頑張る夫のため、妻が家で温かいご飯を作って待っている〟というシチュエーションは、彼らの立場と役割上、あり得ないのだ。……まぁ、そのシチュエーションが家庭的アピールになると思うこと自体、男女同権が叫ばれる現代において周回遅れという、感覚の〝ズレ〟の象徴なのだけれど。

 あり得ない、ズレたシチュエーションを、好感度アップに繋がると狙って演出した結果、盛大に事故った。あの炎上は要するにそういうことで、彼らが一般の感覚を知らなかったがゆえの悲劇である。

 しかしながら、ズレてはいても、「家でご飯を食べるのは家庭的」だと思いつけただけ、あの政治家三世は頑張った方であろう。政治家の中には、国民が生活苦に喘ぐ中、とんでもなく豪邸と分かる内装の室内を背景に、明らかに血統書付きと分かるペットとのツーショットをSNSにアップするような、本人も周囲も一般と乖離し切ったお方もいらっしゃるのだ。それに比べれば、さして華美ではないリビングで、ニコニコした奥さんが見守る中、温かい夕食に舌鼓を打つ写真は、まだ国民に添っているといえる。

 しかし……その〝頑張った方〟ですら、奥さんの立ち位置一つミスれば、大火事になってしまうわけで。


(そう考えれば……若いうちに一般庶民との感覚のズレを是正しておこうという学園の方針も、この階級には必要なんだろうな)


 寮生活ともなれば、朝夕の食事こそ寮の食堂で出るけれど、洗濯はそれぞれ自分のものをランドリールームで洗わねばならないし、寮の大浴場の掃除も当番制、二人一組の相部屋の掃除も自分たちの仕事だ。勉強で使う文房具がなくなったら、自分で校内のショップへ行って、お金を払って購入する必要も生じる(世の中には、買い物へ行っても指を差して欲しいものを示すだけで、あとは周りが支払いから商品受け取り、パッケージを剥がして使える状態にまでしてくれる、信じられない環境で育った子どもがいるのだ)。

 たかが高校、しかも超がつくお金持ち校の、たった三年間の寮生活で身につく〝庶民感覚〟など、さわり程度だろうけれど。自分の身の回りの世話を自分でする、という基本の〝キ〟を、この階級の人間だからこそ経験しておくべき、という学園の方針そのものは、非常に意義深いと個人的には思う。


 ――そんなことをつらつら考えながら、つむぎは入学式を終えた足で寮の男女共通スペースへ向かい、入寮式の準備に取り掛かっていた。共通スペース内に位置するエントランスホールで、椅子の並びや入寮式に必要な備品一覧の最終確認などを、手早く済ませていく。

 宝来学園寮のエントランスホールは広く(全校生徒を収容する必要があるのだから当然だが)、ほとんど誰もいないことを幸い、お上品さそっちのけでパタパタ駆け回っているところに、こちらは非常に優雅な足音が聞こえてきた。


「――やぁ、飯母田さん。今日はありがとう、とても助かっているよ」

「過分なお言葉、恐れ入ります。――生徒会長、もう入学式の後片付けは終わったのですか?」

「椅子片付けや撤収作業は、生徒会の他にも人手があるからね。僕はこっちに回ったんだ」

「確かに。入寮式の進行も生徒会担当ですし、人手があるなら、会長は早めに現地入りしておくのがスムーズですね」

「そういうこと。さすが、飯母田さんは理解が早いね」

「どうも」


 薄い茶髪は、太陽の光が差し込むことで金色に輝き、柔和な顔立ちに冬空のような薄い碧眼がよく映える。

 ――いつ見ても、絵本から抜け出てきた王子のような気品を宿す〝宝来学園の王子様〟が、そこにいた。


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