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間章・零〈彼女が最期に幻視(み)たものは〉

今話、少し長いですが、切ると話の雰囲気も切れちゃうかなと思ったので、一気に投稿しています。

また、『残酷な描写あり』のタグは決して間違いではありませんので、そちらを念頭に置いた上でお進みください。


 ――雪が、降っている。




 しんしんと降る雪は、世界を白く染め、音を消していく。

 ……ほんの数キーター先の城で起きている、悍ましく醜い争いすら、この雪はきっと、包み込んで浄化してくれることだろう。

 雪の降る夜、たった一人で歩く彼女を、こうして覆い隠してくれたように。


 ごぼり、と胃から逆流した熱い錆味の〝ナニカ〟が、雪の上に落ちて。……すぐさま、そのアカを、純白が覆っていく。


(これで、良い。――こうするしか、なかった)


〝最後の護人〟だった〝あのひと〟が死んで……死なせて、二十年。

 ほとんど強制的に目を開かされた〝あれ〟以来、彼女の命はいつも、〝世界の真実〟と共にあった。


 誰もが――彼女自身、世界を富ませると信じて疑わなかった、魔法の〝真実〟。

 富と力の象徴として、多くの人が追い求め。より強い力を、より便利な使い方をと高みを目指し……秘することを〝悪〟とした、魔の(みなもと)

 その真の姿を知り、永きに渡って世界を護り続けた〝護人〟たちの歴史は、残酷なときの流れによって彼方へと消え去り、ついに最後まで、日の目を見ることはなかった。

 ――〝護人〟の使命を図らずも受け継いだ、彼女の奮闘も、また。


(魔素が、どれほど、危険なものか。教えて、伝えたとしても……結局、力を求める、人の前では、目先の欲が、勝つ)


 我が子が、その伴侶が、彼女の使命を正しく理解してくれたことだけが、唯一の希望だろう。彼女の語る〝真実〟を信じ、魔法に頼らない世界の実現を目指すと決意してくれた若い二人のため……彼女が最期にできることは、これくらいだ。


(旧い時代の悪習は、わたくしがまとめて、あの世へ連れていくわ。……あのかたが、二十年前、そうしたように)


 何も知らず――知らないことを〝罪〟とすら気付いていなかった、愚かな娘時代。

 そんな彼女を、唯一愛して、全てをかけて守ってくれた〝あのひと〟の足跡をなぞるように、遺された命を生きてきた。

 一つ知る度、過去の愚かな己と対峙して。疑問に思う余地はいくらでもあったのに、知ろうとすらせず目を塞いでいた、その〝罪〟を突きつけられる。


〝あのひと〟が、どれほど、自分を愛してくれていたのか。無償の愛を、注いでくれていたのか。

 守っていることすら、気付かれぬように――残酷な真実を前に、傷つくことのないように。

 ときに〝悪役〟を買ってまで、〝あのひと〟はただ、幼かった自分の心と身体を、その命を慈しみ、守ってくれた。


〝あのひと〟の足跡をたどる旅は、過去の愚かな己との対峙であると同時に、〝あのひと〟の深い愛を追認していくものでもあった。……どれほど深く身に染みたところで、その愛に報いる術もなければ、〝あのひと〟への所業を贖う機会も訪れないのだが。


(こんな、世界だもの。強く願えば、残った魔素が時を戻してくれないかと、祈り続けたことも、あったわ)


 たとえば、この記憶を保ったまま、娘時代へ戻れるのなら。今度こそ、もう間違わない。

 己へ邪な欲を向ける者の、表面上の優しさを鵜呑みにするのではなく。

 彼女の未来まで大切に、全てを守ろうとしてくれるがゆえの厳しさを胸に刻み、〝あのひと〟の愛情を素直に受け入れて、共に過ごす日々の幸福を噛み締めるだろう。


 血の繋がりなど、関係ない。差し伸べてくれる手に宿る、愛情こそが〝総て〟なのだから。


 ――そう確信する彼女の血が、雪をアカく、染めていく。


(あぁ……あのかたは、褒めて、くださるかしら)


〝真実〟を知り、〝あのひと〟が、〝護人〟たちが護り続けた世界を受け継がねばと、ただそれだけを胸に生きてきた。

〝あのひと〟の、たったひとつの願いすら、打ち砕いてしまったから。……せめて、託された世界だけは、未来へ繋がねばと。それしか、贖罪の術が、見つからなかった。


 それは、決して平坦な歩みではなくて。

 人の欲望、残酷さ、愚かさ、無慈悲さと、容赦なく向き合わねばならない、この世の苦難を煮詰めたような、道のりだった。


 分かり合えないことに、何度絶望しただろう。

 ……分かり合えない者を、幾度、葬ってきただろう。

 傍目には、逆らうものを片端から処刑していく独裁者でしかない彼女を、いつしか人々が『ブルーテケーニ』――〝血まみれの女王〟とあだ名していたのも知っている。

 若かりし頃の彼女が『シュネーヴィトヒェン』――〝雪の如き真白の姫〟と呼ばれていた面影は、もはやない。


(分かってる。魔力が、魔素が、ある限り。……人の世から、より強い魔法を、求める声は、消えない)


 今より良くなりたいというのは、人間の本能だ。より強い魔力を、利便性の高い魔法を求めることは、決して間違いではない。

 けれど。その本能がときに過剰な欲を暴走させ、人を戦へと向かわせ、……魔法を、邪な目的のため、使おうとさせる。


 ただ、止めたかった。ただ、知って欲しかった。その本能こそが、本能が生む欲望こそが、世界を滅ぼす鍵となりかねないのだと。殺戮のための魔法を求めた瞬間、そこに〝枷〟はなくなると。

〝あのひと〟が命を賭して護った世界を、欲に塗れた争いに満ちた世界には、したくなくて。より強い魔力を求めることで、世界が〝滅び〟の道を選んでしまうことも、怖くて。


 ……止めたかった、けれど。後ろ盾全てを喪った彼女に取れる手段など、本当に、僅かで。

 この手を血に染めることでしか、止められなかった。


(けれど――それも、もう、おしまい)


 彼女の時代に魔法を消し去るのは無理でも、無理に魔力を高めようとしなければ、世代を重ねるごとに人の身から魔素は抜け、いずれ人間単独での魔法の行使はできなくなるだろう。遠い昔に生きた〝護人〟の研究論文からも、それは判明している。


 ――人が死ねば、その肉体に宿った魔素は土へと還り。長い年月をかけて地中で結晶化し、早ければ何千年、遅くとも何万年後かには、綺麗な石となる。その頃には、人の世から魔法についての知識は消失し、魔素の塊は単なる希少価値の高い貴石として扱われるはずだ、と。


 その論文を発見したとき、分かったのだ。魔素の結晶がただの貴石として扱われる〝未来〟への道筋を作ることこそ、遺された己の役目であり……〝あのひと〟へ捧げられる、唯一の贖罪だと。


 そのために、生きて。

 分かり合えない者の首を、落として。

 少しずつ――少しずつ、分かり合える人を、〝真実〟を共有できる仲間を、増やして。

 息子の伴侶にも、彼女の意思に賛同してくれる国の姫を、選んで。


 ――最後まで分かり合えなかった者たちを、今宵、まとめて、葬った。


(……ふふ。わたくしも、無傷とは、いかなかったけれど)


 魔法を戦の手段とするべきではないと訴える〝穏健派〟と、より強い魔力を得て領土を広げるべきと主張する〝魔戦派〟。二つの派閥は、幾つもの国を巻き込んで対立し、大陸の端では〝穏健派〟の国を〝魔戦派〟の国が侵略すべく動き出した、という情報もある。

〝魔戦派〟の者にとって、その筆頭だったベギーアデジール帝国の女帝となりながら、一貫して魔法による戦争を認めない彼女は、まさに目の上の瘤。ベギーアデジール帝国が〝穏健派〟へと舵を切ったことで、大陸中の勢力図が変わったこともあり、彼女への恨みは深い。


 そんな者たちが、息子の――皇太子の結婚一周年を祝う舞踏会の最中、女帝と皇太子夫妻を暗殺する計画を立てていると知った彼女は、決めた。

 その暗殺計画を逆手に取り、旧時代の、〝魔力こそが全て〟という因習もろとも、葬り去ることを。


 油断を誘うため、敢えて彼らの策に乗り、毒杯を呷って。

 騒然となる城内に彼らを閉じ込め、火を放つ。

 ……彼らを逃さないよう、最後まで囮となってくれていた仲間たちを魔法で場外へ脱出させ、燃える城に魔封じの結界を張ったところで、彼女は自らの〝終焉〟を察した。


(あぁ。――この毒では、助からない)


 即死しないよう、予め解毒薬を飲んでいたおかげで、周囲に異変は気付かれていないけれど。

 これでも一応、魔法使いの端くれだ。自身の内を巡る魔素の乱れが、内臓たちの異常が、明日の朝日は拝めないことを、知らせてくる。


(……ここまで来れば、もう、大丈夫。わたくしが居なくても、この先の〝未来〟はきっと、守られる)


 目の前では、立派に成長した息子が、堂々とこの先の指示を出している。少し離れたところでは、政略で結ばれたとはいえ仲睦まじい息子の妃が、大きなお腹を抱え、怪我をした者たちを集め、治療に励んでいて。


 ……彼女の役目は終わったと、教えてくれる。


(さぁ。――最期の使命を、果たさねば)


 燃え盛る城を悼むように降る雪に紛れ、そうして彼女は歩き出したのだ。




 アカをぽつぽつ、雪の上に散らせながら、ゆっくりした速度で、彼女は歩み続ける。

 それはまさしく、〝血まみれの女王〟と呼ばれた彼女の人生、そのもののようで。

 こんな場合なのに、なんだか笑いたくもなった。


(今宵、あの城に集った者たちは、国内外の〝魔戦派〟、その中でも実力者ばかり。まだ、注意すべき者はいるけれど、彼らを抑える術も授けてある。……これで、少なくとも、向こう三十年は、〝魔戦派〟の勢いを、削ぐことができる、はず)


 彼らに〝魔術師〟ほどの実力はないが、念のため、骨も残さず灼き尽くすよう、厳命してある。

 残された者たちは、ベギーアデジール帝国の無慈悲さを知り、その苛烈な報復の有り様に、引かざるを得ないだろう。

 そして、魔法に代わる、新たな――人の知恵が生み出す〝力〟の発展にも、道筋をつけてある。

〝魔戦派〟の勢いを削いだ三十年の間に、彼らと対抗できる〝力〟を実用段階まで高めれば、魔法を戦に使おうという考えは、きっと〝時代遅れ〟になってくれる。


 ……それもまた、新たな争いの時代を生む、〝種〟なのかもしれないけれど。


(魔法を、人々から、消すために。……わたくしでは、この程度の策しか、浮かばなかった)


 元が、無知で愚かな、小娘だったのだ。

 ここまでできただけでも、上々だろう。


 ……歩き続ける彼女の前に、やがて、深い森が姿を見せた。


(あぁ――、還って、きた)


 幼い頃、城から〝追放〟された彼女が、気の良い小人たちと暮らした、〝オルドの森〟。

 外から来た者は決して入れないという〝オルドの森〟に受け入れられ、外縁部とはいえ森の中で過ごすことを許された意味を……もしも当時、もっとしっかり考えられていたら。


(……だめ、ね。命が尽きる、こんなときまで。わたくし、後悔ばかりだわ)


 未だ閉ざされている〝オルドの森〟へ、出入りを赦された最後の一人――かつて『白雪姫』と呼ばれた〝血まみれの女王〟、ブランシュネイル・フォン・シュバルツ・ベギーアデジールは、ゆっくりと分け入っていく。


 雪は、しんしん、しんしんと、音もなく降り積もり。

 ――彼女が森へ入った痕跡を、僅かな時間で、覆い隠した。


(……これで、良い。わたくしが、森の中で、死ねば。もう誰も、この森へは、入れない)


〝オルドの森〟への出入りを赦された〝人間〟は、ブランシュネイルを除けば、ただ一人。

 その一人も、きっと。もはや、この世に生きてはいないだろう。

 ――彼にとって、〝あのひと〟のいない世界に、意味などないはずだから。


(そして……わたくし、も)


 ずっと、ずっと。

 生きる意味の失せた世界を、ただ、贖罪のためだけに。

 死にながら、生きてきた。


 ……あぁ。霞んだ視界の先に、懐かしい、小さな、お家が、見える。


(力不足な、こと、ばかり、だった……けれど。それでも、わたくし、がんばったの)




「へぇ。泣き虫フランにしちゃ、よくやったじゃん?」

「えらいえらい! あったかいお茶あるぜ!」

「もうちょっと、やり方もあったと思うけどねぇ?」

「こらこら。フランは精一杯、力を尽くしたんだから」

「そうそう。疲れたよね。お風呂、沸いてるよ」

「今日のご飯は、フランの大好きな、木苺のパイを焼いたんだ~」

「すごいな、フラン。俺、感動したぞ」


(み、んな――……)


「「「「「「「おかえり、フラン。よく頑張ったね」」」」」」」




 ――扉を開けたところで、彼女の歩みはぱたりと止まり、そのまま糸が切れたように、音を立てて倒れる。

 光の消えかけた瞳が、最期に映した幻を知る者は、誰ひとり居らず。


(ごめ、なさ……お、かあ、さ)


 雪の降る夜、滴り落ちる鮮血に塗れて冷たくなっていく彼女を、ただ、埃を被った黒檀の窓枠だけが、寂しく看取っていた――。


基本的に、間章=転生前のお話、とご理解頂いて問題ありません。

ついでに、間章は概ね重い暗い救われないの三拍子揃った仕様であることが多いので(特に後半へ行けば行くほど救われません)、ご自身の精神状態が楽しいお話を欲しておいでのときは、無理にご覧にならずとも大丈夫です。

このお話のメインは、金持ち学園で商売してる(ズレた)主人公の観測なので!

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