プロローグ①
新連載二つ目です。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
――桜舞い散る中、不意に、強い風が吹いた。
「お……お継母、さま――?」
桜吹雪に紛れて耳を叩いた、可憐な声が。
「お継母様――!」
一筋縄ではいかない一年の、始まりを告げる――。
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昨今、地球温暖化だの異常気象だので、4月頭初の入学式に桜が満開となってくれることは年々減ってきているが、正門から続く宝来学園の桜並木は、今年も空気を読んでくれた。さすがは、明治時代の設立から変わることなく生徒たちを見守っていると評判の桜たちだ。
新入生たちの晴れの日に合わせ、春爛漫と咲き誇ってくれた桜を見上げ、飯母田つむぎの唇は、無意識に綻ぶ。
桜は満開、空は雲一つない晴れ空。新しい一年を始めるのに、これほどおあつらえ向きのシチュエーションには、そうお目にかかれない。いよいよこれから、この学園での〝挑戦〟が始まる――!
「飯母田さん! ちょっとこっち手伝って~!」
「あ、はい!!」
頼まれていた備品整理に問題がないことを確認してから、つむぎは呼ばれた方――新入生受付の机へと走っていく。
そう。幾度となく訪れた時代の荒波を乗り越えた今もなお悠然と建つ名門校、宝来学園の入学式の日に胸躍らせていた彼女は、どうにも締まらないことに新入生ではなく……。
「おはようございます。ご入学、おめでとうございます。入学案内のハガキを拝見いたしますね」
新入生を出迎える、在校生側、だったりする。
「はい、ありがとうございます。――……お名前、確認できました。こちら、お花をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。宝来学園へようこそ」
言葉と同時に、にこっ、と笑顔を見せるのも忘れない。――お客様には笑顔、接客の基本だ。
「こちら、クラス分け表です。一年生の教室は、この桜並木を通って最初に見えた校舎の3階にございます。詳しくは、クラス分け表の裏面にある、校内案内図をご覧ください」
「はっ、はい!」
「ご丁寧にありがとう。さすがは宝来学園の生徒さんね」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
母親らしき付き添いの人へ丁寧に一礼すれば、相手はそこで話の終わりを察し、去っていく。さすがは宝来学園とはこちらの台詞だ、ごく普通の公立高校で、あれほど高級なスーツに身を包んだ上品なマダムは出没しない。
(今のは確か……政治家一族、未来の四代目か)
通っている己が言えたことではないが、今年も変わらず、上流階級の子女が集まっているらしい。
「おはようございます、ご入学おめでとうございます――」
考えごとをしながらも口と手は澱みなく動き、つむぎはテキパキと新入生を捌いていく。彼女の列だけ新入生の捌け方が圧倒的に速く、その様はまさに熟練の店頭販売員、そのものだ。
やがて、時間経過とともに並ぶ新入生の数は減り、ようやく受付に余裕が戻ってきた。
「ありがとう、飯母田さん。助かったわ」
「いえいえ。これくらいなら、実家の手伝いで慣れていますから。いつでもお呼びください」
「あなたがボランティアに来てくれて、今年は本当に楽よ。このまま、生徒会入りしてくれたら良いのに」
冗談めかして、しかし瞳の奥に本気の光を宿しながら言う彼女は、今期の生徒会副会長である。彼女とて充分にできる人ではあるのだが、いかんせん、〝あの〟生徒会長と一緒に仕事をするとなると、自信より劣等感が勝るのだろう。できる人は往々にして、何事も自分基準で考えがちで、ついていけない周囲に鈍感な傾向がある。
「私は基本、自分のしたいことしかしませんからね。クラスでもしょっちゅう、『もっと協調性を持て』と叱られるくらいです。生徒会のような、チームワークが重要視される組織には不向きですよ」
「そんなことないわ。今だって、すごく助けてくれたもの」
「まぁ、ボランティアで来ている以上、それくらいのことは……」
苦笑して、つむぎは肩から斜め掛けしているショルダーバッグから、個包装された〝あるもの〟を取り出した。
「生徒会でいらっしゃる以上、どうしても四月はお疲れが出てしまいますよね。よろしければ、こちらをどうぞ」
「これは……?」
「実家で売ってる和菓子です。飴の一種なので甘いですが、舐める飴と違ってすぐに咀嚼できるので、お疲れの際の糖分補給にどうぞ」
「まぁ。飯母田製菓のお菓子を、こんな気軽に頂戴できるなんて」
「ふふ。私が通学している間の、期間限定仕様というやつですね」
今のところ、つむぎの実家である『飯母田製菓』の和菓子は、和の街並みが人気の観光地にある百貨店と、都市部を巡る期間限定スイーツショップへの出店、その他は季節行事限定で解放される特設のネット通販ショップでしか買えない。あとはまぁ、当たり前に〝本店〟である『和菓子いいもだ』に出向くか、だが。東京都内とはいえ、やや辺鄙な場所にある宝来学園では、こまめにSNSを確認してネットショップが開く時期を狙う以外に、入手方法はないと言える。
購入者からの評判は極めて高く、何人ものインフルエンサーが紹介してはバズり、需要が高まっている割に市場への供給数はやや低め、しかし〝足りない〟ほどではない。――つまり現在、『飯母田製菓』のブランド力は、ほどほどに高まっているのである。
(つまり……今年一年が、狙い目だ)
和菓子の魅力と可能性は、無限大だ。作り方、組み合わせ、成形次第で一つの材料の行末が千差万別となり、一流ホテルの茶室に相応しい芸術品ともなれば――、
「……うん、おいしい」
こうして、手のひらに乗せ楽しむ、気軽で身近な〝お菓子〟にもなる。