第97話 あの光景を
夜が明けていた。
俺は割と寝不足である。迎えの馬車で居眠りしてしまうくらいに。
「さてと、リオには一暴れしてもらわんとな……」
「ガラム様、本当に大丈夫なのですか?」
「任せるのじゃ。政権の膿を絞り出せるだけじゃなく、リオが成り上がる記念すべき日じゃ。心躍るわい」
熟睡する俺の隣で二人は話をしていた。
かといって、馬車は三十分ほど進んだ先で停止している。
「リオ、着いたのじゃ。起きろ……」
「んん? 意外と近場なのな……」
背伸びをしたあと、俺は馬車の窓から外を見た。ここがどこなのかと。
「ちょ、これ!?」
あり得ねぇよ。
ガラムは俺の無実を証明しようとしたんだろ? だというのに、俺の罪が明らかになるだけじゃないか。
「ここって、炎の祠の街道じゃん!」
まだ記憶に新しい。
ここはエレナが逃げてきた北街道である。今も炎は鎮火しておらず、純白の炎を燃えたぎらせていた。
「ここなら今以上の火災にはならんじゃろ? 王陛下にも見ていただきたいしの」
「俺がやったんだぞ!? 絶対に罰を受けるじゃん!?」
何を言っても今更かもしれない。
俺たちの馬車が到着しているのだから、王様たちも既にこの惨状を見ているだろう。
「さあ、降りるぞ。戦いの火蓋は切って落とされたのじゃ」
ガラムを先頭にして、俺とテッドさんが続く。
周囲は相変わらずだ。視界のずっと先まで炎が広がっているだけ。
「辺境伯殿、わざわざ現地視察とか有り難いですな? どうです? この被害をもたらせたのは貴方の息子だ。これは断罪処分だけでなく、廃爵が適当かもしれませんな!」
マルコス大臣は昨日と同じ。
俺たちに罪を着せるつもりだ。あわよくば廃爵まで考えている。
「王陛下、どうです? ワシの息子が王都を救った証しです。圧巻の光景でしょう?」
「ううむ、確かにこれはやり過ぎかもしれんの……」
これは駄目なやつだ。
聞いた話と現実とで違いすぎるもんな。この規模を想像できる人間が世界に何人いるかって話だわ。
「そうでしょうか? ワシは適当だと存じますぞ」
「ふはは! この期に及んで何をいう? この火災は必要な対応ではないのだ!」
「じゃから、十万以上の群れじゃぞ? それを屠るのにはこれくらい必要なんじゃ」
「証明できないのなら黙ることです! 残す問題は辺境伯の廃爵だけですな!」
エレナ、すまない。
俺は勇者になるだとか口にしたけれど、残念なる義父のせいで天に還ることになったわ。
「証明? 証人じゃなくても良いのか?」
ここでガラムが返す。言葉遊びをしている暇などないというのに。
「証人も証拠も同じでしょう? 貴方と伯爵令嬢しかいないのであれば、認められません」
「いや、証拠はあるのじゃ。陛下、これを……」
言ってガラムはマジックポーチから宝石のようなものを取り出している。
それを王陛下に手渡していたんだ。
「ガラムよ、これは何じゃ?」
「それはクリスタルですじゃ。状態保存の魔法媒体。通常は高級食材の鮮度を保つために用います」
どうやら、それは上位貴族の嗜好品らしい。
生食で食べる海鮮とか肉とかを腐らずに保存できるアイテムみたいだな。下位貴族であった俺には無縁の代物だ。
「ふはは、何を取り出すやら。最後の晩餐でも始めるおつもりでしょうか?」
「マルコスよ、ワシは別に食料を持ち運んだわけではないのじゃ。オリジナルの術式でな? ワシはクリスタルに映像を保存できる」
え? マジ?
映像ってことは昨日のあの大群がクリスタルに収められてんのか?
「いやいやいや、昨日はそのようなこと仰っていませんでしたよね……?」
「無論じゃ。報告に向かった先で断罪処分になるとか思わんじゃろ? 昨日は持ってきておらなんだ。貴様が難癖つけたので、持ってくるしかないじゃろう?」
マルコス大臣は顔を振っている。
俺だって初耳なんだ。罪を着せようとした彼は俺よりも焦っているはず。
「戦闘開始前に嬢ちゃんを拾う場面から、ワシが一時撤退して補給を終えて戻るまでの一部始終が収められております。ちょうど投映幕となる白き炎がありますので、映し出しますのじゃ。兵の皆さんも心して見てくだされ」
「まま、待て! 勝手に流すんじゃない!」
マルコスは止めようとするけれど、王陛下が左手で制す。
またガラムはガラムで止められたとして、流すつもりのようだ。
「これは……?」
「ここはまだ夕闇迫る頃ですな。リオが伯爵令嬢を見つけたところですじゃ。奥に見えます黒い影。それは全て魔物でした」
息を呑む光景だった。二度目である俺が手に汗を握るくらいだ。
初めて見る面々には衝撃的すぎたことだろう。
「ここはリオが伯爵令嬢の代わりに地面に降りた場面ですじゃ。他の誰にできましょう? 勇敢なる我が子は伯爵令嬢エレナの代わりに死を選んだのです」
なかなかカッコ良いナレーションを付けてくれるじゃないか。
いやでも、俺ってマジで格好良いな。エレナをワイバーンに乗せる場面とか英雄そのものじゃね?
「まあそれでワシらは天と地とで別れて戦う羽目に。しかし、共に魔力ポーションが切れてしまいました。まだまだ魔物の影が見えるでしょう? このとき既に一万以上を倒しておったはず。ワシの目算で言う十万が多すぎるとは思えないでしょう?」
ガラムはダメ押しのように言う。
適切な判断であったこと。俺がどれだけの窮地にいたのかを。
「リオは一人で一時間を凌いだのです」
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