第009話 お客さん
「嫌よ……」
えっと、本気で?
唯一のお得意様に対するオーダーメイドなんだぞ? 嫌ってどういう意味だ?
「大きすぎるって言うなら、片手で持てる槌でも構わないぞ?」
「だから嫌。槌は鍛造に使う道具なの。鎚で戦うとか格好悪いじゃない?」
マジで言ってんの、この子?
俺しか客がいないってのに、格好悪いとかいう理由でオーダーメイドを断る気なのか?
加えて、その材料は俺が買うってのに。
「格好悪いからって……」
「私は剣が好き。なぜってカッコ良いから。お伽噺に出てくるような英雄は全員が白馬に乗って剣を持っているもの。大槌を振り回す勇者様がいると思う?」
まあ、確かに。
って納得させられてんじゃねぇよ。
俺にとっては死活問題なんだ。少しでも有利に戦うために、俺は打撃武器を発注しなければならない。
「大剣を振り回すリオが好きなの……」
「うん、大剣が良いな。やっぱ格好は大事だ」
光の速さで俺は説き伏せられていた。
男子たるもの女性の好みに合わせるべき。エレナが大剣を振り回す俺が好きなのであれば、俺は大剣を手に戦うしかないっての。
「やっぱ、リオってカッコ良いわぁ」
「だろ? それでその良質な鉱石とやらを買いに行こうか? 俺は今、武器がなくて戦えないからな……」
打撃武器でないにしても、何かしらの武器は必須だ。いち早く製作してもらわねば、俺は何もすることがない。
「ありがと! メインストリートを西に行ったところに生産者ギルドがあるのよ!」
生産者ギルドはその名の通り、生産者のためにあるギルドである。どうやらエレナは生産者ギルドの会員であるらしい。
「えっと、生産者ギルドに入るのに試験とかねぇの?」
「ないない! 会費を払ったら入れるよ。今はお父様が立て替えてくれているのだけど、半年後の更新時には私が支払うことになっているの」
まあ、そうだろうな。
ぶっちゃけ試験があれば、エレナの合格とか考えられない。彼女はまともに使える武具を作ったことがないのだから。
それで会費ね……。
正直に半年後の更新ができるとか考えられねぇよ。客は俺しかいないのだし、俺が支払っているようなものだからな。
「ちなみに会費は幾らなんだ?」
一応は聞いておこうか。半年更新というのだから、そこまで高くないと思うのだけど。
「半年で金貨一枚よ! 本当に安くて助かってるわ!」
いやいや、貴方まだ一度も払っていないでしょ?
伯爵様が支払っているんだし。
「金貨一枚な……」
年間で金貨二枚。黒鉄級である俺には絶対に不可能だ。
しかし、今の俺は無敵。なぜならレインボーホーンラビットの素材買い取り価格は金貨五十枚が約束されている。最弱であるが故に、大金を手にする予定なのだからな。
「早速、行きましょ!」
言ってエレナは俺の手を取る。
マジ? 俺はエレナと初めて手を繋いでいる。しかも、ごく自然にエレナから手を取ったのだ。
「エエエ、エレナさん……?」
「なぁに? リオは生産者ギルドの場所が分からないでしょ?」
「その通りだよ! 早く連れて行ってくれよ!」
サンキュー、レインボーホーンラビット。ビバ最弱!
どうやら俺は九死に一生を得たあと、天国へと迷い込んだらしい。好きな女性と手を繋いで、街中を歩くことができるのだからな。
エレナが俺の手を引いて、メインストリートを行く。
これってデートじゃね?
まるでデートに浮かれる彼女が、はしゃいでいるみたいじゃね?
俺は有頂天になっていた。まさか今日一日でエレナとの距離がこんなにも近づくだなんてと。
今や天に還ったレインボーホーンラビットに感謝をし、俺はエレナに引っ張られるがまま、通りを歩いて行く。
「すみませぇん!」
大きな声でエレナが生産者ギルドの扉を開く。
中は冒険者ギルドと雰囲気が異なる。なんてか、清潔感というかむさ苦しさがないというか。女性の姿も多く、間違ってもマッチョな半裸の戦士などいない。
「エレナちゃん、いらっしゃい!」
受付の女性もどこか知的に感じる。それは明らかに俺の思い込みなのだが、落ち着いた雰囲気のせいかユノよりも賢そうに見えてしまう。
「あら、エレナちゃんってば……」
まだ俺とエレナは手を繋いだままだ。
めざとくそれに気付いた受付の女性は微笑んでいる。
これは明確にバレてしまったぜ。俺とエレナが買い物デート中であることがな。
「今日は彼氏と来たのね? 見せびらかそうとして来たのなら、お姉さん怒っちゃうぞ?」
ああ、最高だな。このお姉さんのプンプン顔が楽しみだ。
彼女が怒るのは確定事項。まさに俺たちはデート中なんだからさ。
「やだなぁ、クレアさん……」
ところが、俺の脳内お花畑は唐突に枯れ果ててしまう。
なぜなら、エレナが目の覚める話を口にしたからだ。
「ただのお客さんですよ?」