第87話 意外な……
リオの元を離れてから、一時間ほどでしょうか。
私たちは何とか戻ってきました。
どこまでも続く真っ白な景色。世界がおかしくなってしまったのかと考えていましたが、それは別に原因不明というわけではありませんでした。
「なに……これ?」
空まで白く輝いていた原因。それは単に地面の輝きを映しただけだったらしい。なぜなら、地平線の彼方まで白炎が燃えたぎっていたのです。
「何が……起こったのじゃ……?」
ガラム様にも分からないみたい。
大地には炎以外に残っていませんでした。木々や草花、岩山でさえ等しく焼き尽くされた感じ。私たちが現場を離れた頃とは一変しています。
「閣下、あそこに!?」
ここでテッドさんが声を上げました。
もう暗闇ではありません。盛大な灯火が天地を照らしているのです。上空からでも異変があれば気付くことでしょう。
「リオ……?」
燃えていない岩がありました。その直ぐ側に横たわる人影。この場所にいた人間ならば彼しかいないはず。
「ガラム様、降ろしてください!」
「う、うむ……」
下降する少しの時間ももどかしい。
お願い。生きていて。
死なないで。
もう一度、会いたい。
一心に願いながら、私たちのワイバーンが地上へと降りる。まあしかし、降りる場所すら僅かしかない。リオが倒れ込んだ岩山の周囲しか、燃えていない場所はなかったのです。
「リオォォオオオ!」
ワイバーンから飛び降りるや、私はリオの元へと駆け寄ります。
うつ伏せになって動かない彼を抱きかかえては脈を確認する。
「生きてる……?」
ちゃんと脈打っている。身体は傷だらけでありましたけれど、彼はまだ生きていました。
「ガラム様、治療を!」
「うむ、任せなさい」
流石は大賢者です。強大な魔法だけでなく、彼は治療魔法をも操る。直ぐさまリオにハイヒールを施すのでした。
「傷は癒えた感じですけど、目覚めませんよ?」
症状が私には分かりませんでした。
小さく聞こえる寝息は私を安堵させていましたけれど。
「恐らく魔力切れじゃの……」
「フレイムを唱えた結果でしょうか?」
「ああいや、この惨状を見る限り、フレイムではないじゃろうな」
フレイムだって凄かったのよ?
一帯を焼け野原にするくらいの魔法だったもの。だったら、リオは何を唱えてこうなってしまったの?
「恐らく精霊魔法の一つじゃろうな……」
「かかか、閣下、まさかインフェルノでしょうか!?」
全然分からないわ。
私にも理解できるように話して欲しい。のけ者にするなんて嫌だわ。
「教えてください。インフェルノって何なのです? 精霊魔法って?」
「ああ、そうじゃな。話せば長くなるのじゃが、簡単にいうと上位魔法よりも更に上位の魔法がある。原初の魔法使いラプスが唱えたという最上級魔法のことじゃ」
ラプスって魔女としてお伽噺に出てくる人? てか、彼女は実在の人物だったっていうのかしら?
「ラプスは架空の魔法士ではないのですか?」
「実在しておった。まあそれで、彼女が唱えたという最上級の魔法は精霊の力を借りられたそうじゃ。故にその威力は通常の魔法を凌駕する。インフェルノもその一つであり、リオに加護を与えたサラマンダーが有する最大の魔法なんじゃ」
なるほど。てか、大精霊の加護ってどこでもらうのよ? 炎の祠には精霊すらいなかったのに。
「リオってば私に嘘を言ったのかしら?」
「むぅ? 何のことじゃ?」
「いえ、私はリオが炎の祠でフレイムを授かったと聞いたのです。私も鍛冶士だから欲しいと思って、炎の祠に向かいました。でも、そこには精霊すらいませんでしたね。それで帰り道に魔物たちが押し寄せてきて……」
私の説明にガラム様は頷いている。
否定しないってことは、やはり嘘だったのかしら?
「精霊は基本的に人を嫌う。しかし、例外があるのじゃ。鍛冶士のように、火を扱う仕事をしておれば好かれやすい。向こうから現れることもある」
えっと……なにそれ?
遠回しに私をディスってる?
私だって鍛冶士なんですけど。
「私には何も現れなかったです……」
「運がなかったと考えるべきじゃな。精霊は気まぐれな存在じゃし、日を改めれば現れることもあるじゃろう」
そんなものなのかしら?
まあ精霊に馬鹿にされるってのは我慢ならないわ。私は天才鍛冶職人なのだし。
「それでリオはどうやったら目を覚ましますか? 炎はまだ鎮火する様子もないですし、ここは危ないです」
「うむ……。魔力ポーションを飲ませたなら、割と直ぐに意識を戻すはずなんじゃが、今の状態で飲ませるのは難しいぞ。本当に少しずつ飲ませないといけない。本来なら魔力は大気中に含まれる魔素を取り入れて貯めるものじゃ。気管側に入ると肺炎を起こしかねないのじゃよ」
腕組みをしてガラム様。
聞けば胃から吸収させる魔力ポーションは気管に入るとマズいらしい。濃度がありすぎるそれは確実に飲み込まさないといけないみたいです。
溜め息を吐く私に、ガラム様は思いがけない解決策を口にするのでした。
「口移しで飲ませるしかないの……」




