第78話 俺はここにいる
二十分ほどが経過しただろうか。
もうハッキリと見えている。未だスピードを落とすことなく向かって来る魔物たち。背筋がゾワっとするのは俺じゃなくても同じことだろう。
「やべぇ……」
ファイアードラゴンやワイルダーピッグのときもビビってたけど、あのときは共に単体が相手。押し寄せる波の如く、向かってくる状況だなんて頭がおかしくなってしまいそうだ。
「フレイムの攻撃範囲ならそろそろか……」
徹底抗戦だ。魔法は連発できたけれど、魔力を回復する時間が必要。攻め込まれるよりも先手先手を取っていくべき。
「フレイム!!」
イメージは無色。説明では一番熱を帯びる色だ。まあしかし、無色だなんてイメージは難しい。何とも言えない白い炎が大地を焼き尽くしていた。
「よし……」
先頭を走っていた一団は消し炭となったらしい。
とりあえず。撃ち続けることができたのなら、俺にもまだ勝機がありそうだ。
程なく上空からも雷が落ちていく。
それはガラムの上位魔法に違いない。雷氷の大賢者と呼ばれる彼の魔法であるはずだ。
「意外と、いけんじゃね?」
爆ぜるような幾つもの雷撃が俺の心を支えている。
まだ諦める場合じゃないと。生き残る可能性を見いだすべきだろうと。
「フレイム!」
ガラムが奥側を担当し、俺が手前側。空と陸で上手い具合に役割分担ができている。
加えて、俺たち二人の魔法は圧倒的だった。近寄ることすら許さずに、迫り来る魔物を殲滅できていたんだ。
「きっと大丈夫だ……」
今のところ足の速い魔物ばかり。それらは得てして小さな魔物だ。フレイムや雷撃は一発で何十体もの魔物を葬りさって、後続が到着するまでの時間を待つ余裕すらあった。
「何本目だ?」
マジックポーチから魔力ポーションを取り出す。目眩がしてきたら飲むサインだ。それ以上撃つと昏倒してしまうので、平均して九発が飲む目安となる。
「詰め込んできたとは話してたけど……」
もう既に百回くらいはフレイムを唱えている。足下に転がる空き瓶を見ると大凡それくらい。ポーションの数が足りるのか分からない状況になってきた。
「全然、魔物の勢いが収まらない……」
呆然としてしまう。既に日が落ちて久しい。
まあそれで、遠くまで見通せないのだけど、今も俺の眼前には新たな群れが現れ、自殺願望なのか焼かれるためだけに襲い来る。
「フレイム!」
俺は魔力ポーションが尽きることについて考え始めていた。
それは生き残る望みを絶つことだ。ポーションが切れてしまえば、俺は戦えない。ルミアに持たされた長剣一本で生き残れるはずもなかった。
「クソッタレがっ!!」
一発撃ち放つごとに焦りを覚えている。迫り来る影は徐々に大きくなっていたし、一撃で倒せない場合はどう対処すれば良いのか分からなくなる。
「本数くらい教えておいてくれよ……」
聞いていたら聞いていたで焦ったに違いない。だけど、リミットが不明な現状ほど不安を掻き立てるものはなかった。
「どうして俺はこうも綱渡り人生なんだ?」
計画的に成し遂げたものなど一つもない。
強いて言えば鍛冶の修行であったけれど、それだってまだ完成させたことがない。中途半端な俺らしい結果しか残っていなかった。
折れそうな心を繋ぎ止めていたのはエレナの存在だ。
上空から彼女が見ている。真っ暗で何も見えていないかもしれないけれど、俺が放つフレイムの炎だけは絶対に見えているはずだ。
だとすれば、俺は炎によって生存を訴え続けるだけ。
俺はここにいるのだと。




