第73話 ミスリルの剣
ガラムが王城へ行ったあとも、俺はミスリルのインゴット造りに精を出している。
ようやくと杖を作る前段階が終わろうとしていた。ガラムにもらった魔力ポーションがなければ、何日かかったことだろうな。
「ふむ、やはりミスリルは美しいな」
ドルース師匠が目を細めて言った。
鈍い銀色の輝き。一目見ただけで硬度が分かるくらいに深い輝きだ。
作成した十個のミスリルインゴットは混じりっけなしの純粋なミスリルの輝きを発している。
「残念だが、再び溶かすことになるのだがな」
乾いた声で笑う師匠。まあでも、その通りだ。
これから用意していた型にミスリルを流し込むことになる。
「師匠、杖の先は刃物にしたいのです」
ここで俺は注文を付けた。
型には刃物の形などない。俺は初めから杖の先は刃物にしたいと考えていたんだ。
杖とか絶対にエレナは格好悪いっていうからな。
鉈のような杖になるけれど、馬鹿にされることを思うと刃物を取り付けるしかない。
「それで短めの型なのか?」
「その通りです。だから先に刃先を作りたいです」
形が杖であれば杖というわけではない。ロッドには魔力が循環しやすいように、魔石を付けなくてはならないのだ。大きければ大きいほど媒介としての役目を果たせるので、基本的にロッドはどれも頭でっかちになる。
「いや、この型であれば不可能だな。強度が得られんし、刃はただの飾りになってしまうだろう。そういう要望があるのなら、先に注文しておくものだぞ?」
てっきり拒否されると考えていたから、俺は最後まで口にしなかった。
だけど、師匠はプロなんだ。客の要望に応えてなんぼ。俺が予め伝えていたのなら、この問題は回避できたことだろう。
「型を作り直すのでしょうか?」
「うむ、待っていなさい。資料があったはずだ」
工房の書棚を探し始める師匠。幾つもの書物をパラ見しては戻すを繰り返している。
「ああ、これだ。これを参考にしなさい」
手渡された書物には大剣のような設計図がある。しかし、どう見てもそれは剣にしか見えず、間違ってもロッドではない。
「これ……剣ですよね?」
「まあ一応は剣に括られる。かつて王国に存在したパラディンが使用したというロッド兼用のソード。柄の先にあるのが魔石なんだよ」
確かにパラディンというジョブは僧侶でありながら、剣を振るったと聞く。二本持ち歩くのではなく、一本に機能をまとめた剣であるらしい。
「扱いは難しいだろうが、使いこなせるのであれば有能な武具だ。どうしても剣にこだわるのであれば、この形状であるべきだな」
俺はロッドの先に刃物を取り付けようとしていた。けれど、これは明確に剣。エレナが気に入る形状に他ならない。
「俺はこの剣を作ってみたいです」
剣であるのなら、刃と柄は別々の成形になる。
よって時間はかかるはずだ。しかし、俺はそれを作ってみたかった。
「うむ。では刀身から始めよう」
言って師匠は身長ほどある溶岩石を投げるように地面へと置いた。
それは型を掘るための石。加工が容易でありながら、高熱にも耐えられるので鋳型として使われるものだ。
「今日はもう店の手伝いをしなくていい。型をしっかりと作るように」
俺は押しノミというスコップに近い刃物を手渡されている。
まぁた型を作らなきゃいけない。大雑把に掘ったあと、小さなノミで掘ることになるんだ。かといって、難しいのは柄の装飾とかなので、剣の部分は割といい加減でも大丈夫だった。
「師匠、俺はクライスさんが使っていたような大剣にしたいのですけど、問題ありませんか?」
「あの大剣か? 使い勝手は更に難しくなるぞ?」
「構いません。打撃も使える方が役に立つはずだから」
師匠は少し考えたあと、再び溶岩石を引っ張り出している。
既に用意されたものと同じくらいの大きさ。どういうわけか師匠は新たな溶岩石を俺に差し出していたんだ。
「これ……?」
「それはクライスの剣を打った型だ。片刃大剣は成形が難しい。それを使えばいい」
クライスさんが使っていた剣と同じ形になるのだけど、元より俺はあの大剣が良かった。
振ったとき、褒められたんだ。だからこそ、俺は同じものを欲している。
「良いのですか?」
「ワシが掘ったものだぞ? 特別なものじゃないし、使うべきだろう?」
て、ことはミスリルの刀身製作に取りかかれるってことじゃねぇか。
再び、細かな作業を強いられるのかと思いきや、俺は遂に刃物を打つことになっている。
「師匠、俺は作業をしても良いのですか?」
「ワシは高溶解炉を使う。極耐熱溶解炉は好きに使っていいぞ」
何て優しい師匠なんだ。
失敗は目に見えているけれど、何度も溶かせば良いだけだし、納得いくまで打てば良いだけだな。
できるだけ早く完成させたい。俺は作業に没頭するのだった。




