第66話 やはり英雄
「リオは今日からワシの養子となれ」
俺は驚いていた。
俺を養子? もう成人してるけど、ガラムはそれで良いってのか?
「本気か? 爺さんにも子供くらいいるだろ?」
「ワシはまだ辺境伯じゃぞ? 隠居はしておらん。子は娘ばかりじゃったし、嫁に出してしもうた。孫を世継ぎとして迎えようと考えておったが、別にそういう話を済ませているわけでもないのじゃ」
ガラムは男子に恵まれなかったらしい。
孫はいるとのことで暢気に構えていたようだが、その席に俺を据えたいという。
「俺は親族たちに疎まれたくないぞ?」
「ふはは、娘の相手はいずれも上位貴族じゃ。子が増えれば跡目に差し出すかもしれんが、今のところ娘たちの息子は一人ずつしかおらぬ。王都近辺に住んでいるというのに、今さら南部の田舎に戻りたくもないじゃろうて」
どうやら支障はないみたいだ。ならば俺はどうすべきだ?
この機会を逃して、俺が地位を得るなんてあり得るのか?
「ガラム、構わないのか?」
「寧ろ、ワシはスノーウッド男爵が構わないのか気になるのぉ」
馬鹿言うなよ。俺は金貨一枚で追い出された身だぞ?
今さら、俺の身柄をどうこう主張するなんて父上にはできないって。
「俺は男爵家の五男坊だ。既に家を追い出されている。だから王都で成功できなくても、俺には戻る場所すらない。それはつまり、俺が自由ってことだよ」
俺の方にも支障はない。
父上だって、俺に期待していたのなら家に置いていただろう。しかし、四男まで仕事を与えられたとして、五男坊である俺まで回す仕事が男爵領にはない。蓄えも底を突いていたのだから。
「ならば、今よりリオはワシの息子じゃ。王家にはワシが届けておこう」
ひょんなことから、俺は辺境伯の跡取りとなっていた。
居合わせた人たちから拍手が巻き起こる。新たな上位貴族の誕生なのだが、どうやら皆が祝福してくれるらしい。
「それでガラム爺よ、どうすればリオを譲ってくれるのじゃ?」
しかし、まだ問題が残っている。
ソフィア姫殿下は俺に惚れてしまったのだ。彼女からすると俺の養子縁組は余計な問題を排除すること。まだ適格とは言えないかもしれないが、男爵家の五男坊よりは随分と話を進めやすくなったことだろう。
「姫殿下、リオは辺境伯の跡取りです。申し訳ございませんが、息子を王家に差し出すことはできませぬ」
「ぬお? なんと、爺はそんな企みをしておったのか!?」
上手い理由かと思うも、残念ながらソフィア殿下の不興を買うだけ。
ガラムはこの窮地を脱することができんのかよ?
「企みとは聞こえが悪い。リオはずっとワシが育てておりますのじゃ。養子縁組は今しがた思いついたことではないのです」
いやいや、絶対に今思いついただろ?
指導してもらっていたのは事実だが、一言だって聞いていないのだからな。
「ワシはこの一ヶ月、毎日リオに魔法を教えておりましたのじゃ。調べてもらえれば分かります。今回の件はタイミングが合っただけですのじゃ」
「むぅ、妾は諦めんぞ! 絶対にリオを手に入れてやるのじゃ! バーカ! 爺のバーカ!」
言ってソフィア姫殿下は家臣を引き連れて去って行く。
自身の主催パーティーであるというのに、もう何の用事もないと。
全員が呆然としていたのだが、気を利かせたのか、弟のフェリクス王子が楽団に演奏を命じた。
彼もまた相手を探しているのかもしれない。姉のパーティーに乗っかった形であるけれど、こんな形で終わらせたくないのだろう。
「もうダンスは懲り懲りだな……」
溜め息を吐くと、俺を見るエレナが笑っていた。
人ごとだと思って彼女は何らかのショーを見た気分になっているのかもな。
「リオってば、本当にモテるのね? まさか王女殿下まで振り向かせちゃうとかさ」
「冗談言うな。エレナも妾にされかけたんだぞ?」
さりとて、俺としては最悪といえる未来でもなかったんだ。
ソフィア姫殿下と婚姻関係を結べば、エレナも手に入ったのだからな。
「あの状況を乗り切るための嘘なんだから気にしてないわ。ああでも言わないと姫殿下は納得しないでしょうし」
「いや別に嘘ってわけじゃ……」
どうやらエレナは俺が咄嗟に嘘をついたと考えているらしい。
あれは俺の本心だったというのに。
「まあでも、王家の妾ならお父様も納得の結末だわ。私の夢とはほど遠いけどね?」
今も冗談のようにエレナは受け取っている。
彼女は何を考えてんだか。俺にはエレナの本心が分からなかったりする。
「じゃあ、俺は辺境伯の一員になるけれど、エレナはどう思う?」
俺は聞いておきたい。なし崩し的に成り上がりが決まった俺をどう思うのかと。
辺境伯の跡取りなら、相手として相応しいかどうかを。
「お父様は文句を並べないわ。リオが出世するのは良いことだと思う」
他人事のようにも感じるけれど、懸念であった身分差は払拭されたと考えても良いだろうな。
どうやら俺の決断は正しかったようだ。やはり男爵家という身分は二の足を踏む原因に他ならないのだから。
とはいえ、エレナは冗談であるかのように、難題を付け加えてもいる。
あとは英雄になるだけね――と。




