第61話 初めての……
「早く抱きなさいよ……」
えっと、何だそれは……?
俺は目が点になっていた。いきなりエレナが意味不明な話を始めたことによって。
(あっ……!)
しかし、今日の俺は冴えているらしい。ようやくと意味を推し量っていたんだ。
現状は夜会に出席している。だから、抱き寄せてダンスの練習をしようとしているはず。パーティー経験がない俺と人目に付かない場所ですることなんて、一つしかねぇよな。
ならばと、俺はエレナを抱き寄せていた。
見よう見まねのチーク。抱き合って、クルクル回るんだっけ?
「ちょっと、リオ!?」
「踊ろう、エレナ!」
アップテンポな曲は踊れそうにない。スローテンポであれば、エレナに合わせていたら大丈夫だろう。
どうしてか驚いていたエレナだが、俺の声に頷きを返す。
「いいけど……」
会場から聞こえる楽団の演奏に合わせて俺たちは踊ってみる。
誰もいないテラスだから、好きに踊れば良い。俺はコツを掴んで、本番で上手く踊ってみせるんだ。
「あ、なかなか筋がいいかも! リオ、もっと曲を聴いて!」
エレナも上機嫌になっている。
演奏されている曲は夜会前の懇談会にあるバックミュージックでしかなかったけれど、俺たちは踊り続けていた。
「テンポが大事よ。ほら、私に合わせて! 足下見ちゃ駄目よ?」
なかなか注文がうるさいけれど、俺だって収穫祭とかで領民たちと踊った経験がある。旅芸人の演奏に合わせてだけど。
「エレナ、俺は踊れている?」
初めて二人で出る夜会だ。できる限りのことはしたい。他に注文を付けるところがあるのなら、俺は聞いておきたいと思う。
「運動神経が良いのね? 基礎はなっていないけど、ダンスらしくなってるわよ?」
基礎は勘弁して欲しい。ど田舎の下位貴族でまともなダンスを習ってる人間がどれほどいるかって話だ。
「あはは、楽しくなってきた!」
満面の笑みを浮かべるエレナ。どうやら彼女はダンスが好きなのかもしれない。
徐々に俺の手は引っ張られるようになっていく。エレナが思うままにダンスを始めていたから。
俺はついていくのが精一杯だ。だけど、転がらないように彼女の動きを見て、何とか合わせることができた。
『ダンス(得意)を習得しました』
不意に脳裏へと通知がある。
え? マジで? 何だかよく分からないが、俺はまたもスキルを獲得したらしい。
ダンスって練習して上手くなるだけじゃないってのか。スキルで上手くなるなんてズルをしたような気もするけれど、他人からは分からないし、何よりエレナが恥を掻かなくて済む。
「あら? 随分と上手くなったじゃない? これならダンスが始まっても問題なしね!」
エレナも上機嫌だ。
勝手に身体が動く感じ。見よう見まねのダンスよりも、明らかに上手く踊れていたのだろう。
「あれ? 変な声聞こえない?」
不意にエレナがそんなことを言う。
そういえば、音楽に混じって何やら声が聞こえている。
『あっ……あっ……ぁあ!』
俺とエレナは踊るのをやめて、周囲を見渡す。
俺たちがいるテラス部分は大きくない。大窓のある壁際には巨大なバルコニーがあったけれど、ここは窓ごとに小さなテラスがあるだけで、誰も寄りつかない場所だった。
『あっ……ぁっ……』
声は隣のテラスから聞こえている。
マジ? パーティー会場だぞ!?
目を凝らすと明らかになったんだ。テラスで男女が行為に励んでいることが。
せっかく良い雰囲気だったのに、いきなりおっぱじめるなんて上位貴族はヤバすぎんよ。
「リオ、あれ……モニカだよ……」
「えええ!?」
仄かな月明かりに照らされた男女。確かに女性のドレスはモニカが着ていたものに似ている。加えて彼女自身は男遊びをするつもりだった。
「マジか……」
「どうして隣のテラスなのよ。良い雰囲気だったのに。リオ、中に入りましょ?」
どうやらエレナはダンスの練習を続ける気になれないようだ。
でも、彼女は言った。今しがたの俺たちが良い雰囲気だったのだと。
「エレナ……」
会場へ戻ろうというエレナの腕を掴む。
俺は勝負にでるべきだ。きっと嫌がっていない。エレナは俺と楽しく過ごせていたのだと思う。
やや強引に引っ張っては再び抱き寄せている。
「ちょっと、リオ……?」
俺はエレナの頬に手を添えて、そのまま唇を重ねる。
月明かりに照らし出されたテラスに二人。俺とエレナは口づけを交わしていた。
初めてのキス。それは鼻孔をくすぐる甘い香りだった。




