第57話 たった一人を
「リオさん……?」
呆けていた俺を呼ぶ声。これまた屈強な戦士たちが集う武具屋に相応しくないものであったが、声の主は明らかであった。
それは俺とリズさんの会話を見ていたルミアに他ならない。
「ああ、ごめん。ボウッとしてた……」
「今の方って貴族様ですよね? お知り合いというか、深いご関係なのでしょうか?」
どうしてかルミアが口を尖らせて聞く。
深いかどうかと言えば深いかもしれんが、問いの答えは簡単じゃないな。
「リズさんって言うのだけど、彼女は重病を患っていたんだ。一ヶ月しか生きられないって話で、エリクサーという薬の材料を侯爵様が探されていた」
「こここ、侯爵様!? ああいや、侯爵令嬢様ですか!?」
どうして俺の周囲には声の大きな人ばかり集まるんだろう。
耳が痛いって。充分に聞こえてるからさ。
「まあ、侯爵令嬢だね。俺は侯爵様から薬の材料を手に入れてくれと依頼を受けたってわけだ。まあそれで、運良く依頼を達成して、彼女は薬を手にした。そういう関係……」
「いやいや、誤魔化されませんよ? 今の態度は露骨にリオさんを狙っていたでしょう? 洗いざらい吐くまで、リオさんのご飯は抜きです!」
問題ごとが収拾を図れたというのに、上手く行かないな。
師匠はなぜか親指を立てて去って行くし、俺はどうしたら良いってんだよ。
「洗いざらいって、別に大したことじゃない。薬の材料を手に入れた者を侯爵様はリズさんの婚約者にしようとしたんだ」
「ここここ、婚約者ですって!?」
いやもう、声が大きいって。更には最後まで話を聞いてくれよ。
「俺はその申し出を断ったんだ。だからこそ、彼女が現れるなんて考えもしていなかった。めちゃくちゃ驚いていただろ?」
「侯爵令嬢様との婚約を断ってしまったの!?」
「そういうこと。身分不相応だし、それに俺には気になっている人がいるから」
どうしてかルミアは顔を赤らめている。
とりあえず彼女も理解してくれたようだ。もう弁明を求めるようなことはない。
「リオさん、今夜はお肉にしますね? たっぷり食べてください!」
どうしてか上機嫌で店じまいをするルミア。彼女は何を作っても美味しい料理を作るけれど、肉とか豪勢なことだ。きっと今日は良い商品が売れたのだろうな。
「俺にその気がないことは、そのうちに伝えないとな。リズさんが行き遅れてしまう」
貴族たちの婚姻はもの凄く早い。生まれる前から決まってる場合もあるくらいだ。
基本的に早い者勝ちであり、俺は完全に遅れを取っている中の一人だ。特にリズさんはずっと寝たきりであったらしく、婚活なんてしていない。俺を待っている時間なんてないはずだ。
「俺がキッパリ断れたら、リズさんなら良い人が現れるだろう」
健康的になった彼女はアルカネスト王国一の美女と評しても過言ではない。きっと俺が断るだけで引く手数多となるのは想像に容易い。
「俺のせいで不幸な女性が生まれるとか最悪だもんな」
男爵家の五男坊にフラれたなんて噂が出てしまえば、彼女の人生に傷が付くどころか大破してしまうっての。
そうなる前に彼女と付き合うつもりはないと告げるべきだろう。
「エレナに出会ってから、俺の人生は滅茶苦茶だなぁ……」
王都に来てからというもの、これまでの女運が全て跳ね返ったかのように、周囲に美人が多い。
転機となったのはエレナとの出会いだ。彼女の為に頑張るほど、俺はどうしてかモテているように思う。
「ま、思い過ごしか……」
俺は頑張るだけだ。たった一人の女性を手に入れるために。
悩んだとして好転する未来などないのだから。




