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第56話 ズルい思考

 一ヶ月が経過していた。


 俺は相変わらず鉄を打ち続ける毎日であったが、ガラムの爺さんが手配してくれた極耐熱溶解炉は難なく完成している。


「ミスリルも届いたことだし、そろそろ打ち始めたいところだが、フレイムの熟練度はどうだ?」


 昼休憩中に師匠が言った。


 まあ、それね。俺的には熟練度が上がっているのか少しも分からないんだ。何しろ、練習している部屋は小さいだけでなく、直ぐさまフレイムの炎を吸い込んでしまうのだから。


「それがよく分からないのですよね。ガラムの爺さんは何も教えてくれないし。ただ、一回使っただけで昏倒するってことはなくなりました。三回までなら余裕です」


 現状で分かるのは魔力量の増大だけ。一ヶ月前は一発撃つだけで危なかったけれど、俺の魔力量は絶対に増えていると思う。


「そうか、まあガラム様に任せておけば問題ない。早く極耐熱溶解炉を使ってみたいが、仕方ないな」


 俺にはあの爺さんが凄い人物だなんて信じられんのだが、全員が口を揃えて尊敬しているという。若かりし頃は俺のイメージと異なったのかもしれない。


「すみません……」


 俺と師匠が雑談していると、不意に店舗側の扉が開く。


 よく聞く野太い戦士の声じゃない。武具屋に不似合いな女性の声がしていたんだ。


 まあそれで俺は声を失っていた。なぜなら知った顔だ。加えて裏路地になんか絶対に現れない人であったのだから。


「リズさん……?」


 現れたのはグレイス侯爵家のご令嬢。リズ・グレイスに他ならない。


 彼女は余命幾ばくもない状態であったはずなのに、王都の裏筋に現れただけでなく、二本の足で立っていた。


「ご無沙汰しております。リオ様、わたくしは立って歩くまでに回復いたしましたの。本日はそのご報告がてら、感謝を改めてお伝えしたいと……」


「ああいえ! 俺は依頼を受けただけです。こちらこそ身分不相応な報酬をいただいてしまいまして……」


 まさかリズさんから会いに来るとは考えていなかった。

 確か彼女はいつまでも待つと話していたはずなのに。


「エリクサーは本当に奇跡のお薬でした。とても苦いのですが、服用を初めた翌日に、身体の気怠さがなくなり、立って歩くこともできるようになったのですわ。わたくしはリオ様に会いたい一心で頑張りました。こうして馬車に乗り、自分の足でリオ様の職場へと来ることができたのです」


 それは喜ぶべきことなんだけど、俺は素直に祝福できない。


 なぜなら、俺は彼女の好意を袖にしてしまったから。男爵家の五男坊であるというのに、身の程知らずにも断っていたからだ、


「元気になられたようで何よりです。でも、感謝は本当に必要ありませんから」


「そう仰ると思いましたので、赴いたのですわ。わたくしはただ待つだけではございませんの。この一ヶ月で随分と健康的になったと思いませんか? 体重も増えまして、痩せていた頬もこの通りですわ」


 確かに、見違えるとはこのことかも。痩せこけていた頃でも美人であったけれど、今や健康そのものに見える。誰もが美しいと彼女を褒め称えることだろう。


「それに顔つきだけじゃございません。わたくし、ドレスのサイズが大きくなりましたの。具体的に言うと、お胸の辺りが……。ぽっ……」


 ぽっ……じゃねぇよ。

 思わず突っ込みを入れて、不敬罪になるところだったぜ。


「お美しいです。男なら誰でも結婚を申し込むことでしょうね」


「それなら、リオ様も?」


 予想通りの返答に俺は首を振った。


 俺には心に決めた人がいる。完膚なきまでにフラれたとしても、諦めきれない女性が。

 初めて好きになった異性を俺は追い続けたいんだ。


「知っております。ですが、わたくしは再び貴方様の前に成長していく姿をお見せいたしますわ。どれだけ時間がかかろうとも、わたくしは貴方様が良い。世俗的にいうならば、欲しいのですわ」


 真っ直ぐに俺を見据えてリズさんは言った。


 欲しい……か。

 凄く共感できるよ。俺もエレナが欲しい。誰にも渡したくないのだから。


「本日はこれにて失礼いたしますの。店主様、お騒がせしました。これは迷惑料ですわ」


 リズさんは金貨をカウンターに置いて、深々としたカーテシーを見せた。健康をアピールしているのか、常人でも大変な振る舞いだ。


 俺は何も言わず、彼女を見送るだけ。

 そんな俺はズルいのかな?

 再び現れるといった彼女に無駄だと伝えるべきだったのかな?


 動き出す車輪の音に加え、馬の蹄が石畳を叩く。


 心地よい音が鳴り響く店内にて、俺は無意味なことを考え続けていた。

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