第55話 不穏な話
「ガラム閣下は辺境伯様なのだぞ!?」
え? 辺境伯ってあれか?
防衛線の守護を任される貴族。確か爵位でいうと侯爵家に相当するとかいう?
「マジで!?」
「ふはは! リオよ、ワシは何も気にしないので大丈夫じゃ。同じ南部の田舎者じゃよ。縁あって一緒にいるだけじゃ」
「しかし閣下、育ちが悪いのは理解しましたけれど、これだけの逸材を在野にしておくのは如何なものでしょう? 私は王城に報告しなければならないかと」
「必要ない。スタンピードへの対処はワシがする。リオには穏やかな生活をさせてやろうじゃないか」
「雷氷の大賢者が対処してくれるのであれば安心ですが、黒竜はどうするのです? いずれ災厄は動き出しますよ?」
「それこそアルカネスト王国が対処すべき問題ではないの。大陸の北端であるし、勇者レイスを有するヴァルノス帝国が動くべき案件じゃ」
そういや隣国ヴァルノス帝国には勇者が誕生したんだっけな。
でも、そいつらグレイス侯爵から金を巻き上げただけで、何もできなかった無能じゃなかったっけ?
「帝国は勇者を中心として軍を編成し直していると聞きます。安易に信用していいものでしょうかね?」
「それこそワシらには関係のない話じゃ。攻め入って来ぬ限りはの……」
不穏な話を始める二人。
さりとて、気になる。勇者レイスって奴は俺の人生に少しばかり関わっているのだし。
「勇者ってのはクズだと聞いたぞ? 信用できない人間なのか?」
「む? リオは面識があったのか?」
「いや、グレイス侯爵様に依頼を受けたことがあってな。何でも勇者一行が金だけ持って逃げたらしい。それくらいしか知らん」
「むむむ、グレイス侯爵と面識があったのか!? 一体何を依頼したのじゃ!?」
どうして、俺の話には毎度問いを返してくるんだ?
面識があるから、そう話しているというのに。
「リズさんが病気なんだよ。エリクサーって薬を作るのにレインボーホーンラビットの角がいるとかで、俺に話が来た。俺はレインボーホーンラビットに襲われた経験があったからな」
「何と! レインボーホーンラビットに襲われたじゃと!? どのような弱者であろうと、レインボーホーンラビットが人を襲うなどあり得ぬ!」
「るせぇな。実際に襲われて死にかけたんだよ。倒したけどな」
倒したとの話に、二人はなお一層騒がしくなった。
しかしながら、その件に関しては俺も同意する。これまで誰もが驚いてきたことだからな。
「噂を聞きつけた侯爵様に呼び出されたんだよ。是非ともレインボーホーンラビットを狩ってくれと。その折りに勇者の話を聞いたってわけ。何とか二匹目を用意できて、俺は報酬をたんまりいただいたんだよ」
あとはガラムが知るままだ。
俺は馬車を借りて、荒野でフレイムの練習に向かったのだからな。
「二度もレインボーホーンラビットを倒すなど考えられんな。お主には察知スキルを阻害する何かが備わっておるのかもしれん」
「阻害する? どういう意味だ?」
「レインボーホーンラビットの討伐難易度は極めて高い。通常、レインボーホーンラビットは人の気配を直ぐさま察知して、見つかるよりも早く逃げていく。まあ察知詐害というよりも、興味を惹いたという可能性が高い。襲われたのはその延長線上の話じゃな」
「興味で襲うとか凶暴なウサギだな?」
「そうとも言えんぞ? お主だって、好きな娘が裸で寝転がっていたら、手を出してしまうじゃろ?」
なるほど、めちゃくちゃ理解できたぜ。
確かにエレナが裸で寝転がっていたのなら、俺は飛びついているだろうな。
「じゃあ、攻撃されたのは好意だと言いたいのか?」
「逃げるよりも惹き付けたと考えるべき。でもないと、レインボーホーンラビットが二度も同じ人間に狩られるなどあり得ぬ」
そういや、俺はレインボーホーンラビットと仲良くなったな。
敵意というより好意があったからこそかもしれない。かといって、それを口にすると二人はまた大声で叫び出しそうだから黙っておく。
「ま、侯爵様とはそういう関係だ。俺の恋を応援してくれるらしい」
「ふはは、グレイス侯爵は人間味に溢れておるからの。てっきりリズの婿にしようとしたのではないかと思うたが、思い過ごしのようじゃな」
うん、正解だよ。大正解。
これも黙っておこう。上位貴族であるガラムにリズさんの気持ちを知られてはならない。一瞬にして俺は上位貴族に目を付けられるだろうし。
「とにかくリオは今後も鍛錬あるのみじゃ。望むものに手を伸ばすだけでは届かぬ。弛まぬ努力がなければ、人は何も得られないのじゃからな」
割と良い言葉だな。
今の俺には分かるよ。日々を安穏と過ごすだけじゃ何も手に入らないって。
鍛冶の修行だけでなく、魔法の熟練度上げ。お金に関してはひとまず充分な蓄えがあったけれど、結婚を考えるなら率先して貯蓄していかないと。
俺はガラムに感謝を伝えて、王城を去って行く。
不思議と充填されたやる気に、俺の足取りは軽かった。




