第53話 獄炎の使徒
「心して見ておれ。漏らしてもしらんぞ?」
いやいやいや、勝手に煽んじゃねぇよ。
俺はまだ一回しかフレイムを唱えられないっての。専門家が漏らすほどの威力を発揮させられるはずもないんだって。
「それほどなのですか。楽しみです」
えっと、めちゃくちゃやりづらいんだけど。
期待してたら、本当に申し訳ないぜ。
「リオよ、壁に向かってフレイムを唱えよ。魔力の放出を確認したあと、これを飲むのじゃ」
手渡されたのは昨日も見た小瓶。魔力が枯渇する俺の意識を保つものであり、超高価な魔力ポーションに他ならない。
「分かった。まあでも、俺は別に凄い魔法を撃つわけじゃない。期待を裏切るようで悪いけれど……」
俺の返答に、受付の男は直ぐさまガラムと視線を合わせる。
褒めるなら、唱えた後にしろ。発動前とか流石にやりづらいって。
「期待以上の魔法じゃぞ? ワシは直に見たのじゃから、保証させてもらう」
もう知らねぇぞ? 期待値を上げすぎて恥をかくのはガラムなのだからな。
俺は長い息を吐いたあと、右手をかざす。
別に出し惜しみするつもりはないし、特訓に来ただけなんだと。
「フレイム!!」
やはり魔力がゴッソリと抜け落ちていく。
しかし、初日のことを思えば、耐えられる感じだ。問答無用で昏倒したときと比べれば、随分とマシになっている気がする。
刹那に手の平から炎が噴き出していた。荒野で撃ち放った折りと変わらず、視界にある全てを焼き払おうとする。
だが、次の瞬間には炎が消失。どういうわけか俺の身体から放たれるや、魔法障壁という術式に吸い込まれていったようにも感じた。
「お……おぅ……」
受付の男性が声を失っている。
一方で俺は手渡された魔力ポーションを飲み干していた。妙な頭痛は軽減され、徐々に通常の状態へと戻っていく。
「リオ、もう一度じゃ。これは次のポーション。同じように飲め」
どうやら、今日は何度も撃ち放つことになるようだ。
魔力を回復できるのだから、俺は昏倒することなく撃ち続けることができる。
使っていく内に熟練度は上がるし、魔力量も増えていくのだからガラムの指示に従うだけだな。
「フレイム!!」
俺は魔法の熟練度を上げに来たんだ。
第三者の感想など気にしなくてもいい。一心不乱に魔力を練って、発動させるだけなんだ。
このあと、俺は十回の発動を経験し、ここでガラムからストップの声がかかる。
「今日はこれくらいにしておこう」
「ああ? 俺はまだ大丈夫だし、時間もあるぞ?」
一日でも早く高溶解炉に火をくべたい。ファイアーしか使えない師匠の助けになりたかった。
しかし、ガラムは首を振る。彼には詠唱を続けさせない理由があったらしい。
「強制的に魔力を回復させているのじゃ。気付かずとも、身体は疲弊しておる。慣れてくるまでは十回くらいが限界じゃて」
そういうことか。
頭痛や吐き気はしなくなっていたけれど、それは魔力回復を薬に頼っているからだ。
自然回復ではないそれが身体にダメージを与えているのは明らかである。
「俺は一日でも早く習得したいんだ」
「分かっておる。じゃが、今しがたの方針は変わらぬ。焦ったとして良い方向にはいかんのじゃよ」
「ま、それは俺も理解するけれど……」
何事にも段階をすっ飛ばすなんてあり得ない。下積みがあってこそなのだろう。
修行もせず工房を開いてしまったエレナを見ると、それは世の真理であると確信できてしまう。
「それで閣下、この少年は何者なんです? あり得ない火力は本当にフレイムなのでしょうか?」
ここで受付にいた男が割り込む。
まぁだ疑ってんのか。俺はフレイムと口にして、そのあと魔法が発動したってのに。
「お前さんの目は節穴か? ファイアーで視界を覆うほどの火力が出るはずもないじゃろう? 今しがたの魔法は明らかに上位魔法フレイム。ワシも半世紀ぶりに見て興奮したのじゃ」
ガラムは稀少な魔法であるかのように語る。だけど、師匠曰く、上位の魔法士であれば唱えられる感じだったけどな。
「爺さん、上位の魔法使いなら、フレイムくらい唱えられるだろ?」
「ふはは! まあ、そうじゃの。一般的に知られておるフレイムなら、その通りじゃ」
またもや、わけ分かんねぇことを。一般的も何もフレイムはフレイムだっての。
「じゃがな、リオが撃ち放ったものは正真正銘のフレイム。似たような紛い物ではない。現状の魔法士が使うフレイムとは似て非なるものじゃ」
「紛い物だって?」
「誰にも今の火力は出せぬ。かつて紅蓮の覇者と呼ばれた大魔道士モロゾフと同じじゃ。最高ランクのフレイムじゃったぞ」
そういや、そんな話をしていたな。
ランクが上がれば威力も上がるといったことなんだろうか。
「他の使用者は熟練度を上げていないのか?」
「そういう次元の話じゃない。ランクとは習得した時点で決定しておるのじゃ。同じ魔法でも威力差が生じるのはそのせい。もし仮にお前さんのフレイムを上位魔法士が得られたとして、そやつらの魔力量では発動させられんの」
魔法ランクが高ければ威力がでるけれど、消費魔力量も大きくなる。それは誰にでも理解できる話だ。
「ならば閣下、この少年を弟子にされたわけですか?」
「ああいや、そういうのじゃない。リオは鍛冶職人を目指しておるからの。暇つぶしとでも言おうか。興味を優先しておるだけじゃ」
「しかし、スタンピードの影響は間もなく王国にも訪れるそうですよ?」
「お主、それをリオに一任するつもりか? 本当に愚図じゃのう。団員でもない少年に王国を委ねると? 馬鹿言っちゃいかん。王宮魔道士団は何のためにある? リオを含めた国民を守るためだろう?」
「それは分かりますけれど……」
先日、聞いた話だ。
スタンピードという魔物の襲来。既に幾つもの街が破壊されたという。
「君は魔物に蹂躙される王国を見たくないだろう? 王国のために働かないか?」
受付の男は俺を引き入れたいみたいだ。
ガラムが乗り気でないと知って、本人を懐柔するつもりなのかもしれない。
「テッドよ、馬鹿を言うな。魔物なんぞワシが相手をする。リオの出番はまだまだ先じゃよ……」
俺が返答するまでもなく、ガラムが返している。
てか、てめぇも俺に期待してやがんのか。まだとか言うんじゃねぇよ。
俺の気も知らず、ガラムが続けた。
何とも受け入れ難い重責を与えるかのように。
「獄炎の使徒の出番はまだ先じゃ……」




