第005話 戦闘
街門の守衛にギルドカードを提示し、俺は薬草が多く自生するという森へと来ていた。
王都セントリーフから徒歩十分。こんなに近場であるのなら、神官たちで採取すればいいのにとさえ思う。
「早速と採取するか」
言っておくが、俺は僧侶だ。
普通に教会で雇ってもらえるジョブであり、冒険者になったとしても戦闘支援やパーティー内の体力管理まで様々な仕事がある。間違っても草むしりのような雑用をするためのジョブではない。
「おかしい。洗礼の儀で授かったときには当たりを引いたと思ったのに」
なぜに俺は草むしりをしているのか。食うに困っているのか。
やはり恋は盲目なのだろうな。エレナしか見えなくなり、後先を考える余裕がなくなっている。
「兄様が娼婦に入れ込んで、家の金を使い込んだ理由が今なら分かるぜ」
女っ気のなかった二番目の兄様は花街の娼婦に入れ込んでしまい多額の借金を背負ったんだ。
おかげで俺の独立支度金は金貨一枚分。しかも、それは全てエレナに吸い取られている。血は争えないということだろうか。
「兄様のことは言えん。てか、ゴミを大金で買ってる俺の方がヤバいよな?」
黙々と労働していると素に戻る。なぜに俺は銅貨五枚のために、草むしりをしているのかと。
しかしながら、いざエレナを前にすると、苦労は全て吹っ飛んでしまう。手に入れた金は再び彼女が回収してしまうはずだ。
「振り向いてもらえるのかな……?」
幾ら武具を買おうとも、エレナは売り物じゃない。
金貨を積み上げようとも、彼女の心は手に入らないんだ。
「まして上位貴族だしな」
俺は男爵家の五男坊。対するエレナは伯爵家のご令嬢。三女ではあったけれど、身分差は如何ともし難い問題だった。
「惚れた弱みか……」
惚れた方が負け。よく聞く恋愛理論なんだが、身に染みて思うよ。
完全な負け戦に挑んでいる。何しろ、道楽で鍛冶職人をしているお金持ちのご令嬢を好きになっていたのだから。
「んん……?」
急に茂みが音を立てた。
小枝が折れるようなその音は、何かしらの魔物が現れたと察知するに充分だ。
「マジか。この森なら、ホーンラビットかも……」
スライムですら苦戦する俺だ。動きの速いホーンラビットと戦えるはずがねぇよ。額にある鋭い角で腹を刺され、天に還る運命となるだろう。
「スライムで頼む! スライムでおなしゃす!!」
一心に願い続けたものの、茂みから顔を覗かせたのは予想通りの魔物だ。
可愛い顔をして肉食獣というホーンラビットであった。
「逃げられるのか……?」
ゴクリと唾を呑み込む。
ぶっちゃけエレナの武器には期待できない。とりあえず、俺は逃げることしか頭になかった。
集めた薬草を慌てて袋に詰め、俺は駆け出している。
「まだ死にたくねぇぇっ!!」
大声を張って威嚇。しかし、その実は逃げているだけだ。
けれど、絶叫も虚しく、俺は明確に捕食対象となったらしい。茂みから飛び出したホーンラビットは鋭い角を俺の脇腹へと突き刺していたのだ。
「痛えぇええええっ!!」
角を引き抜かれると、大量の血が飛散する。けれど、俺は僧侶なのだ。戦えなくても回復するくらいはお手のものである。
「ヒール!!」
連発でヒールをかけ、何とか出血を止める。ハイヒールでも覚えていたのなら、一発で全快しただろうが、生憎と駆け出しの僧侶なので仕方がない。
「ちくしょう……」
可愛い容姿から似つかわしくない唸り声を上げやがって。
どうやら角に滴る血によって、ホーンラビットは興奮しているらしい。
「戦うっきゃねぇか。危険度七等級だし、駆け出しでも倒せるはず」
遂に俺はドラゴンバスター(製作者談)を抜くことに。まるで期待できないけれど、追い払うくらいはできるはずと。
「あれ……?」
鞘から抜いて気付く。
ドラゴンバスター(製作者激推し)は刀身と柄がくっついていないのだと。
「嘘だろ!?」
鞘をひっくり返すと刀身が落ちたけれど、落ちた勢いなのか元からなのか、刀身は敢えなく粉々になってしまう。
「エレナさん、これってマズいですよ!?」
どうして、こんなゴミに銀貨二枚も支払ったのか。なぜにこんなゴミをドラゴンバスターだと言い張れるのか。
うん、まあ惚れたからだ。どこまでも恋は盲目なんだよ。
まあそれで俺は明確な危機に陥っていた。逃げることは叶わず、武器ですら失ってしまったのだから。
「なら、鞘で戦うっきゃねぇ!」
鞘であれば木製だからな。如何にポンコツ鍛冶職人とはいえ、下手なことにはならないはず……。
「えええっ!?」
俺は現実が信じられなかった。
鞘には一丁前なドラゴンの彫刻が施されていたのだけど、深く掘り過ぎたのか軽く振っただけで鞘もまた折れてしまったんだ。
「もうどうしようもねぇじゃん?」
こちとら素手で魔物と張り合うようなバトルジョブではない。
だとすれば……?
「逃げるっきゃねぇぇえええ!!」
何と一撃も加えることなく、俺の武器は全滅。ホーンラビットの素早さから、逃げられる気はしなかったが、武器がないのなら逃げるしかねぇよ。
ところが、敢えなく逃走は失敗。再び鋭い角が太股に突き刺さり、俺は逃げ足を失ってしまう。
「ヒール!!」
どうにもヤバいことになった。
攻撃手段がないだけでなく、逃げることすらできないだなんて。俺にできるのは傷を癒すことしかないってのに。
「このままじゃ魔力切れで死ぬ……」
いやもう、絶体絶命じゃん。
明確に天へと還るしかねぇじゃん。
ホーンラビットに良いように殺される未来しか考えられねぇよ。
「ちくしょう……」
何度目かの攻撃を受けて膝をついた俺。立ち上がろうとしたとき、俺の手は棒切れを掴んでいた。
「追い払うくらいはできるか?」
正直にこのままだと死ぬだけだ。だったら、棒切れでも戦うしかねぇ。手負いの僧侶は兎にだって噛みつくんだぜ?
どうやら俺は吹っ切れたらしい。
棒切れを担いではホーンラビットを威圧している。
「よっしゃ、かかってこい!」