第50話 訪問者
翌日も俺は鍛冶の修行に精を出していた。
昼も過ぎ、もうそろそろ魔法の練習という時間になって、工房の扉が開かれている。
「えっ? ガラム様!?」
ルミアの大きな声が工房まで届く。
ガラムってあの爺さんか? 練習に付き合ってくれると話してたけど、工房まで押しかけてくるとか聞いてねぇよ。
「何だよ、爺さん?」
「ふはは、昨日ぶりじゃの。精を出しているようじゃな?」
「リオさん、ガラム様と知り合いなの!?」
どうしてかルミアの様子がおかしい。
この爺さんは南部から出てきた田舎者だってのに。
「ルミアは知り合いだったのか?」
「いえいえ、滅相もない! ガラム様はかつて王宮魔道士団の団長様を務められた伝説的な方ですよ!?」
そういや王宮魔道士団の団員だとか話してたな。
俺はよく知らんのだが、慌てるほどの爺さんじゃねぇだろ?
「ああ、ルミアは魔法使いに憧れてんのか?」
「違いますよ! 誰でも知っている人だと言ってるのです!」
誰でもねぇ。
俺は下位貴族だし、王都に来たのは初めてだ。従って、こっちの有名人を知るはずもない。今はこの通り、ただのしょぼくれた爺さんなのだし。
「それでガラムは何しに来た? もう直ぐ終わるつもりだったんだけど……」
「ああ、儂はロッドを特注しようと思うてな。迎えに来たついでに、注文したいのじゃよ」
「えええ!? ガラム様がうちみたいな弱小工房でご注文ですか!?」
ルミアは本当に魔法使いが好きみたいだ。
きっとロッドの注文を受けたいと考えていたのだろうな。
「いや、良い工房じゃ。一つミスリルのロッドを作ってくれんか?」
ルミアのテンションに困惑することなく、ガラムは続けた。
ミスリルって何? ひょっとして上質な鉱石よりも良いやつか?
「ミスリルって何だよ? 俺はまだ打ったことがないぞ?」
「リオさんは黙っててください! それでガラム様、うちにはミスリルなんて高級品などございません。大手の工房に受注された方がよろしいかと……」
ああ、スミスにはない鉱石で発注したのか。
ないと分かって、そのような注文をするなんて性格の悪い爺さんだな。
「ガラム、うちにはないそうだ。他を当たってくれ」
「リオさぁぁぁん!!」
せっかく、ガラムの爺さんを追い払ってやろうとしたってのに、ルミアは困惑したままだ。
「リオよ、ミスリルは儂が用意するし、前金も支払う。是非とも、受けて欲しい」
「いやでも、お父さんじゃガラム様のご要望にお応えできません!」
「ルミア、別に良いじゃないか? 金を支払ってくれて、素材も用意してくれる。何が不満なんだ?」
「リオさんって馬鹿です! ガラム様が使用されるロッドなんですよ!? 下手なロッドを納品したとすれば、業界で爪弾きにされてしまいますって!」
んんー。この爺さんはそれほどの重鎮なのか?
思うような商品じゃなくても、文句は言わなそうだけどな。
「工房主を呼んできます! お待ちください!」
言って、ルミアは水浴びを始めた師匠を呼びに行く。
ここまで彼女を困らせるなんて、酷い爺さんだぜ。
「おいガラム、あんまり無茶な注文を付けるなよ? ここは間違っても超一流の工房じゃない。良い製品を作るけど、それは一般的な範囲でのことだ」
「分かっとるわい。それにワシが使用するためのロッドじゃない……」
どうしてかガラムは自分が使うためのロッドじゃないと口にする。
一体どれだけ冷やかしなんだよ。必要ないのに注文するとか嫌がらせじゃないか。
ところが、予想外の理由をガラムは語る。
何のためのロッドであるのかを。
「それはリオが使うためのロッドじゃ……」




