第45話 大精霊とは
「フレイム!!」
まあ、分かっていたことだけど、口にした瞬間に身体の中心から魔力が抜け落ちていく。
それは熱を帯びながら、掲げた右腕へと集中し、遂には魔法が発動する。
「ぐあぁああああっ!」
再び広範囲に炎が拡散していく。以前はここで意識を失ったけれど、此度は何とか持ち堪えていた。
「クッソ、目眩がする……」
これが戦闘中であればどうしようもなかったけれど、幸いにも街道沿いの荒野なのだ。倒れたとして御者が工房まで運んでくれるさ。
「大丈夫か? これを飲め……」
どうしてか爺さんは小瓶を俺に手渡す。何を飲ませるつもりか分からないが、確かに何かを飲み込むと気付けになるかもしれない。
蓋を抜いてくれたので、俺は小瓶の液体を飲み干す。割と苦い味だったけれど、おかげで目が覚めたかのようだ。
「助かったぜ、爺さん……」
「なぁに、経費で買った魔力ポーションじゃ。気にするな」
思わず吐きそうになってしまう。
えっ? 魔力ポーションってめちゃくちゃ高価なんじゃねぇの?
「んなもん、経費で買えるなんて何の仕事してんだよ?」
「いやなに、ただの王宮魔道士じゃよ」
よく分からないけど、王宮って付くくらいだから金持ちなのか?
だけど、この爺さんは乗車賃をケチって歩いて王都まで来たんだよな。
「爺さん、金は持ってるのか? どうして徒歩なんだよ?」
「ワシは一線を退き、のんびりしておったんじゃがな。急に呼び出されたから歩いて向かったまで。もう三ヶ月以上は歩いておる」
「それって怒られねぇのか?」
「気が進まぬのじゃから、徒歩を選んだまでじゃ。なかなか楽しい旅じゃったわい」
呆れる爺さんだな。王宮からの呼び出しが嫌で、歩いて来るって絶対に文句を言われるやつじゃん。
「それにのぉ、最後に良いものが見られた」
「良いもの?」
この爺さんはわけ分からんな。彼が言う良いものって何だってんだよ。
ひょっとして、この辺りに美人のお姉さんが短いスカートで彷徨いてたりする?
風で中身が見えちゃったとか?
「いいなぁ、爺さん。俺も早く見てぇなぁ……」
未だかつて誰とも付き合ったことのない俺だ。幸運を持つ俺らしいが、お姉さんの中身を見せてくれる風は吹いたことがないっての。
「何を勘違いしておる? ワシが見た良いものとは主のことじゃぞ? 久しぶりに、まともなフレイムを見た。半世紀ぶりじゃな……」
「まともなフレイムって何だよ? 種類があるなんて聞いてないぞ?」
「誰に習ったのじゃ? フレイムの使い手は限られておるが」
「いや、俺は別に習ったわけじゃない。サラマンダーがくれたんだ。女神の加護が知らせてくれた」
どうしてか、俺の返答に爺さんは絶句している。
まぁたファイアーじゃなく、フレイムを手に入れたことを驚いているのかもしれない。
「大精霊サラマンダーがフレイムを授けたじゃと!? 女神の啓示を聞いたじゃと!?」
うるせぇよ。たった今、話したことを聞き返すんじゃねぇって。
「そのままだが?」
「いや、お主はそれがどういうことか分かっていないのか!? どこでサラマンダーと出会った!?」
この爺さんは王都の人間じゃないみたいだし、炎の祠でサラマンダーに会えると知らなかったのかもな。
「王都の北にある炎の祠だよ。ファイアーを覚えに向かったらフレイムを授かった」
「炎の祠は下位精霊しかおらんはずじゃぞ!?」
「サラマンダーがいたんだって! 妖精みたいな姿で現れていたけど……」
爺さんは、むむぅと唸るような声を上げた。
何だかなぁ。俺は真実しか語っていないってのに、どうしてこんなにも信じてもらえんのかね。
嘆息する俺に構わず、爺さんは困惑した理由を口にする。
「大精霊は神に匹敵する存在じゃぞ……?」




