第42話 決断
「エレナ・メイフィールドのことが好きなんです」
これで伝わるはず。何の誤解も生じさせないはずだ。
俺が好きな女性はエレナ・メイフィールドしかいないのだ。
「エレナでしょうか……?」
「ええ、伯爵家のエレナです。俺は成人してから王都へとやって来たのですが、街で見かけた彼女に一目惚れしてしまいました」
ルミアにしてもリズさんにしても、先に出会っていたとすれば、俺はきっとなびいていたことだろう。
だけど、一途な想いが俺を制する。
愛すべき人。愛されたい人が誰であるのかを知らしめているんだ。
「そうでしたか……。わたくしでは駄目なのですね?」
誠に心苦しいことであるが、俺は頷いていた。
初めからエレナしかいないんだ。まだ公になっていない今の時点で断っておくしかない。
「すみません。形式的に婚約者となっても、貴方を悲しませるだけですから。下位貴族であり、家を追い出されているような男は貴方に相応しくない。エレナに対しても言えることですけど、俺はそんな価値がない人間ですよ」
元々、痩せ細っていたリズさんの顔色が一層悪くなったように見える。
俺のせいかな。
この方はそんなにも俺のことを想ってくれていたのかな。
「充分な報酬を既にいただいております。その上に貴方まで手に入れるなんて贅沢すぎますよ。美しい貴方であれば、きっと素敵な男性が現れます」
気落ちするリズさんを宥めようとしただけ。まあしかし、それは間違いだったらしい。
彼女の先走る感情は少しの肯定でさえ、突き進む原動力となるみたいだ。
「わたくしが美しい!? 贅沢すぎるのはわたくしの方ですわ! リオ様、どうかわたくしに愛を。エレナと同じだけの愛をいただけませんか?」
どうあっても、この父娘はエレナを妾とするつもりらしい。また二人は男爵家の五男坊を侯爵家に迎えようとしている。
「どうしても、なんでしょうか?」
嘆息するしかない。不興を買って再び断頭台に送られる可能性もあるのだ。
彼女がゴリ押ししてくるのなら、侯爵様も黙っていないはず。
「お願いします……」
やっぱ、そうだよな。
父親が決めた婚約者だというのに、リズさんは俺に一目惚れしたというのだから。
誠に有り難い話であるけれど、気が進まないのも事実だった。
「リオよ、儂からも頼む。まさかリズが貴殿に一目惚れするなど考えもしていなかった。きっと娘は今よりもずっと良い女になる。貴殿が自慢できる妻になることを保証させてもらおう」
ゴリ押しだった侯爵様は少しばかり態度を変えていた。
大金を叩いてまで生かそうとしたこと。侯爵様は本当にリズ様が大切なんだろうな。
「やはり俺はこの話を受け入れられません。本当に申し訳ないのですが……」
この返答は俺だけじゃなく、男爵家やエレナの伯爵家にまで影響を及ぼしかねない。
だけど、俺は自分に嘘がつけなかった。初めて女性を好きになり、夢中になっているんだ。
有り金を全て失ったとして、彼女の笑顔が見たい。その気持ちに嘘はなく、たとえこの身を滅ぼすことになろうとも、俺は自分の気持ちに正直でありたい。
「むぅ、それほどまでにエレナを? あの娘も器量はいいが、伯爵曰くかなり難しい性格に育ってしまったらしい。リズは貴殿を煩わせるような言動は一切しないと考えるが?」
「全て知ってます。何しろ王都に来てから、持っていたお金は全て彼女に貢いでいるのですよ。食事代すら残らない日々。俺は雑草を食べて生きていたのです」
笑っちゃうよな。
改めて俺たちの関係について考えると、どこに惚れたのかさっぱりだ。
だけど、俺はそれがいい。エレナが側にいる生活が欲しかった。
「なんと、そこまでエレナに入れ込んでいるのか? 貴殿の将来は前途多難だぞ?」
「苦労も楽しんでます。俺はエレナが笑うと幸せなんです。俺の涙が彼女の笑顔になるのなら、本望だったりします」
百人中百人がリズさんを選んだとしても、俺はエレナを選ぶ。
掴み所のない性格や突拍子もない行動の全て。色仕掛けでゴミの購入を煽ることですら、俺には愛おしい。ずっと側にいて欲しい人なんだ。
「そのためには成り上がるだけ。俺は冒険者として鍛冶士として、世に名を馳せる人物になりたい。伯爵令嬢の攻略はまだ始まったばかりなんです」
それこそが俺の意志。恋愛の前段階である駆け引きの途中なんだ。
急に現れたゴールを選ぶなんて面白くない。俺はこの恋愛ゲームにあるハッピーエンドを選びたいだけ。エレナの心を手に入れたいだけだ。
もう迷いはない。だから俺は覚悟と決意を言葉にしている。
「俺はこの縁談を断ります」
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