第40話 真意を
んちゅ――――。
あれ……?
どうしてだろうな。
なぜにリズさんの顔がこんなに接近してんの?
それでもって、なぜ互いの唇が重なっているんだ?
「あわわ、すみません! リオ様!?」
「ああいや、こちらこそ申し訳ございません! 今のは事故ですから!」
何てことだろう。未だかつて女性と付き合ったことのない俺が出会って間もなくキスしてしまうなんて。
それも侯爵令嬢とか、神様でも予想できなかったんじゃないか?
「ふはは、早速と仲が良いな! リオよ、よくぞリズを受け止めてくれた。やはり貴殿しかいない。リズをよろしく頼むぞ!」
えっと、待って!
今のは完全に不可抗力だし、仲が良いも何も会話すら弾んでいないのだけど!?
「リオ様、初めての口づけ嬉しゅうございました。ぽっ……」
ぽっ……じゃねぇよ!
頬を染めないでくれよ!
やっぱ、この侯爵様にして、この侯爵令嬢だな。俺の話は何も聞いちゃいねぇ。
「ああいや、その……」
「リオ様、わたくしはずっとお嫁に行くという夢がございました。王子様が迎えに来てくれることを病床から願っていたのです。貴方様はわたくしの王子様。望んだままのお姿ですわ」
俺は間違っても王子じゃないけれど、リズさんの目には華やかな王子に映っているらしい。
「わたくし、一目見た瞬間から、貴方様に恋心を抱いてしまいましたの。ぽっ……」
いやいやいや、ぽっ……じゃねぇって!
一目惚れとかあり得ないから!
俺って釣書を幾ら送っても返事すらもらえない男なんだぞ!?
「俺は十八歳まで見合いすらできなかったんです。無理をしなくても、分かってますから。俺がモテないってことくらいは……」
「そんな!? わたくしは本気ですの! 本当に格好いいですわ。まるで物語の主人公のようなお顔立ち。逞しいお身体。全てが、わたくしの理想通りです。ぽっ……」
もう、ぽっ……はいいから!
それはやめてくれないかな!?
「リオよ、卑下するな。儂から見ても良い男だ。勇者よりも、ずっとな……」
どうなってんだ?
侯爵家の感性は絶対におかしいって。俺がもしもカッコ良かったなら、エレナは直ぐに振り向いてくれるはずだし。
「リオ様、改めてお願い致しますわ。もしも、わたくしが健康を取り戻せたのなら、一緒になって欲しいのです。わたくしの儚き夢を叶えてくださいまし……」
どうしよう……。
正直に俺は断るつもりで侯爵家までやって来た。
だけど、面と向かって断る勇気がない。なぜなら、リズさんは本当に辛い人生を送ってきたからだ。
華やかな生まれとは、かけ離れた世界に彼女はいたことだろう。何度も神様に愚痴を漏らしたと思えてならない。
ずっと身体が弱かったリズさんはお金も名誉も地位ですら必要なく、ただ健康な身体が欲しかったはず。
「俺は……」
リズさんはとても綺麗な方だ。
エレナに聞いていたけれど、実物は想像を遥かに超えていた。しかし、俺には二つ返事で了承できない理由がある。
(やっぱ、話しておかないとな……)
このままだとなし崩し的に俺とリズさんは婚約者となってしまう。
だけど、それからでは遅すぎる。公になっていない内に、俺は好きな人がいることを彼女に伝えておかねばならなかった。
「リズさん、聞いてください。俺には好きな人がいます……」
濁して伝えたとして、この二人は聞いちゃいない。だから、俺は誤解がないように告げる。
俺が手に入れたい人の名前を。
「エレナ・メイフィールドのことが好きなんです」




