第39話 ハプニング
翌日から俺は修行を再開していた。
それはもう集中をして取り組めたと思う。何しろバスターソードを自分のために作ろうと決めたのだ。力が入らないわけがなかった。
とはいえ、昼からは予定があって工房をあとにしている。なぜなら、喫緊の問題である侯爵様との面会があったからだ。
「今日は一人だけど、ちゃんと意志を伝えないと……」
昨日は圧倒されたけれど、やはり俺はエレナが好きなんだ。従って、侯爵様の好意といえども、受け入れられるはずがねぇよ。
既に俺は顔パスであった。徒歩で来たのだが、執事は疑いなく俺を侯爵様のところへと案内している。
「おお、リオ! 早速と訪ねて来るとはな。何用だろうか?」
侯爵様は上機嫌である。この様子だと薬師の手配も無事に終わったのだろう。
「エリクサーの方は問題なさそうですね?」
「薬師を捜す時間は充分にあったからな。何度も生成した経験のある薬師に頼んでいる。三日ほどで出来上がるらしい」
「それは良かったです。早く健康になることを祈っています」
「とりあえず、昨日は簡易的な薬を調合してもらったでな。今朝のリズはかなり体調が良くなった。それは全てリオのおかげだ。ベッドから出ることはできないが、会ってやってくれないか?」
やはり侯爵様は俺と娘さんの婚姻を進めるつもりみたいだ。
だが、ここで流されては駄目だ。俺にはエレナがいることを明確にしておかねばならない。
「ご挨拶はしますけれど、侯爵様にはお伝えしたいことがございます」
間違っても侯爵様を怒らせてはならない。
俺は既に男爵家を出た身であるけれど、やはりそこは実家なんだ。スノーウッド男爵家に迷惑がかかってはいけない。
「ほう、何なりと申せ。貴殿には感謝してもしきれんのだ」
「であれば、一つだけ。ご厚意でリズ様との婚姻を提案いただいたのですが、俺には問題があるのです」
何なりと申せと言ったものの、俺の返答に侯爵様は眉根を寄せた。
問題と言ったのはマズかったかな。希望とか望みとか口にするべきだったかも。
「その問題とはエレナのこと。実をいうと、俺は彼女のことが好きなんです。一目惚れして以来、ずっと彼女のことが気になっています」
「むぅ? まさか貴殿は早速と妾を取るつもりなのか?」
「ああいや、そういうわけでは……。妻は一人で良い。愛する女性が一人いたら良い。そういうことです」
完璧じゃね?
面と向かって好きだとか言ったことはないけれど、侯爵様には上手く伝えられたんじゃね?
ところが、俺が望む展開にはならなかった。
「ふはは! なるほど、愛人に据えるというのか。なかなか隅に置けんな? だが、好色は貴族の嗜み。跡継ぎ問題もある我らは平民よりも多く子を成さねばならん。エレナについては追々迎える方向としようか」
「いや、違いま……」
「ちょうどメイフィールド伯爵家は寄子なのだよ。しかし、まずはリズが子を授かってからだ。世間体もあるので、三年は外で囲っておくといい。」
昨日と同じ展開だ。内容は少しばかり改善していたけれど、妾だなんてエレナにどう説明したら良いってんだ?
半ば強引に俺はリズ様の部屋へと連れられてきてしまう。
俺はずっと弁明を考えていたのだけど、侯爵様に対してもエレナに対しても思いついていない。どうすれば良いのか分からないまま、俺はリズ様と面会することに。
「リズ、昨日話していたリオを連れてきたぞ」
女性の部屋だというのに、侯爵様はノックすらせずに扉を開く。
体調はかなり改善したと聞いていたけれど、リズ様は横になったままだ。
「お父様……?」
「ああ、昨日話していたリズの婚約者だ……」
「!?!?」
どうしてかリズ様は俺の説明を聞いたあと、シーツを顔まで引っ張り上げてしまう。
「お父様、お化粧をしますので、メイドを呼んでくださいまし!」
「おお、そうか。それは気が付かなかった。儂は割と空気を読める人間なんだがな」
ガハハと笑う侯爵様。
うん、その自己評価は高すぎると思いますよ? 全然、人の話を聞かないじゃないですか。
俺たち男性陣は部屋の外へと追いやられ、しばし待つことに。
初対面だからか、リズさんは素顔が恥ずかしいのかもしれない。ああいや、それこそ上位貴族の嗜みなのかも。俺の姉上は朝から晩までスッピンだったけど、ど田舎の下位貴族じゃ仕方あるまい。
「どうぞ……」
メイドが扉を開くまで三十分。めちゃくちゃ待たされたけれど、化粧ってかなり時間がかかるものみたいだ。
「えっ……?」
俺は驚いていた。また、それは俺だけの話ではなく、侯爵様も同様である。
確かリズさんは余命一ヶ月ほどだと聞いていた。なのに彼女はドレスに着替え、部屋に入った俺へとカーテシーをしてくれたんだ。
「リオ様、初めまして。リズ・グレイスですわ……」
最大限の敬意。とても深いカーテシーはまるで王陛下にするようなものだった。
「おいリズ、無理をするんじゃない!」
慌てて侯爵様が歩み寄るも、リズさんは顔を振っている。
「婚約者と初めて顔を合わすというのに、ベッドでは失礼ですもの。わたくしは正直に幸せなど諦めておりました。窮地から救ってくれたお礼もございますし、ちゃんとご挨拶したいのです」
なんて、できた娘さんなのだろう。
初手でゴミの購入を無理強いするエレナとは違いすぎるぜ。
「それに今日は本当に具合が良いのです。難なく立ち上がることができました。……ってあらら??」
リズさんがバランスを崩す。やはり長く寝たきりであった彼女は筋力が落ちているのかもしれない。ふらついたあと、彼女は倒れ込みそうになってしまう。
「危ないっ!」
咄嗟の行動だった。
俺は彼女が倒れ込む方向へと滑り込み、何とか地面すれすれで抱きかかえている。
とりあえずは問題などなかったはず。ただ一点を除いては。
俺の眼前にはリズ様の顔がどアップで存在し、早い話がくっついていたんだ。
どうしてか、唇と唇が……。
んちゅ――――と。
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




