第33話 相互理解
「レインボーホーンラビット……?」
俺は牙を拾い上げる手を止めた。
子リスにしか戦いを挑まぬ魔物が、巨大な鈍器を持つ者に襲いかかるはずがないし。
「てか、俺ってまだ子リスに見えてんのか?」
明らかに強くなったと思う。
ドラゴンだけでなく、レベル25というワイルダーピッグを倒したんだ。少なからず俺はレベルアップしているはずなのに。
「現れてくれてラッキーだな……」
エレナとの交際には成り上がる必要がある。よって、グレイス侯爵に恩を売ることは俺にとって重要なこと。俺の後ろ盾となってくれなきゃダメなんだ。
「俺は子リスだぞ? 襲って来いよ?」
再び武器はない。けれども、身を挺して俺はレインボーホーンラビットを狩るつもりだ。
突進を身体で受け止めたあと、殴り倒す。間違いなく鋭い角が突き刺さるだろうが、逃げられるよりは確実だと思う。
「きゅきゅ……」
レインボーホーンラビットは逃げなかったものの、思案しているのか俺を見ているだけだった。
「あれ?」
ここで俺は気付いた。
レインボーホーンラビットは俺を見ているのではなく、死に絶えたワイルダーピッグを見ているのではないかと。
「腹が減ってんのか?」
一応は肉食らしいし、子リスを狩るしかない兎だ。きっとワイルダーピッグがご馳走に見えていたことだろう。
「なら、肉を投げてみるか」
俺は砕いた脳天の皮を剥ぎ、それをレインボーホーンラビットの方へと放り投げた。餌付けをして、何とか近付けないだろうかと。
「きゅきゅー!」
マジか。本当に腹が減ってたんだな?
歓喜の鳴き声を上げて皮に貪りつく様子は、そう考えるのに充分な状況だった。
「もっと良さそうな肉で試してみよう。頬肉とか美味いはず」
傷口から手を突っ込んで肉を引き千切る。今度は放り投げることなく、チラつかせて見せた。
やはり皮ではなく、肉そのもの。レインボーホーンラビットは躊躇しながらも、少しずつ近付いてきた。
「何もしねぇから食えよ……」
そもそも俺を子リスだと考えているのだ。レインボーホーンラビットは時間をかけることなく、俺の手にある頬肉へと齧り付く。
「きゅきゅー! きゅきゅう!」
どうやら満足しているみたいだ。
可愛らしい鳴き声で肉を食べる様子は本当に癒されるな。そんなに美味いなら、もう少し肉を用意してやるか。
俺は再び頬肉を引き千切るために、巨豚の亡骸に手を突っ込む。今度もまた極上の頬肉が俺の手に掴まれていた。
「ほらよ、同じ弱者同士。腹一杯に食え……」
よほど腹が減っていたのだろう。俺を気にすることなく、レインボーホーンラビットは美味しそうに食べていたんだ。
俺は手を伸ばして、レインボーホーンラビットの頭を撫でてみる。すると、驚いたことに彼は逃げだそうとしなかった。
「きゅ?」
俺を見上げては、目を細めている。
頭を撫でる俺の手が気持ちいいのかもしれない。
「お前も大変だな? 獰猛な魔物ばかりの森で生きていくのも辛いだろう?」
「きゅぅ……」
何だか言葉が通じている気がする。どうしてか返事をする兎に、あり得ない想像を巡らせていた。
『魔物言語を習得しました』
ここで通知があった。
えっと、何だ? 魔物言語って、意思疎通が図れるってことかな?
「おい兎、俺の話が分かるか?」
何だかよく分からんけど、俺は試してみることに。
油断したところで首を絞めてやろうと考えていたのだが、まずは会話してみようと。
『もちろんだよ、兄弟! 僕たちは弱いからね。生きていくのも苦労するよ』
マジか。
耳に届くのはキュッキュッという鳴き声なのだが、俺にはその意味が伝わっている。
「俺はどうしても、お前の角が欲しいのだけど、角だけをくれないか?」
会話できるのなら交渉するだけだ。
断られたなら、首を絞めるだけ。お前は今、二択を迫られているのだ。
『角? 僕のじゃなくても良い? 角がないと狩りができなくなるし』
「んん? 友達の角でもくれるのか? そりゃ別に何でも良いけどな」
『それなら、ついてきて。案内するよ……』
どうやら俺は労せずしてレインボーホーンを手に入れられるみたいだ。
一応は護身用に巨豚の牙を持ち、虹角兎に着いて行く。
『ここだよ。さっきの豚に殺されたんだ……』
到着した先にはレインボーホーンラビットの遺体があった。
どうやらワイルダーピッグは俺と戦うよりも先にレインボーホーンラビットを仕留めていたらしい。
「もしかして、最初に俺を見ていた兎か?」
『いや、あれは僕だよ。一緒に狩りをしていた友達なんだ。けど、あの豚に見つかってしまって。彼は僕を守ろうと戦ってくれたんだ。でも、牙を折ることすらできなかった』
種の性質とは異なり、この兎は勇敢にも巨豚に戦いを挑んだらしい。しかも話を聞くと、彼はワイルダーピッグの角にダメージを与えた張本人であるみたいだ。
『まあそれで、君のことが気になって見ていた。友達の弔いをしてくれて嬉しかったよ』
「そうか……。友達とのことだが、俺が遺体をもらっても良いのか? 俺は角を薬に使うつもりなんだけど」
何だか情が湧いてしまう。遺体なのだから気にしなくて良いと感じながらも、俺は許可を願っていた。
『使ってやって欲しい。豚を退治してくれた君ならば彼も本望だろう』
「悪いな? 正直に彼が牙にダメージを与えてくれなければ、俺も死んでいたはずだ。感謝ってわけじゃないけど、ワイルダーピッグはお前にやるよ。当分の間は飢えが凌げるだろう」
『ありがとう。君に会えて良かったよ』
「それは俺もだ。言っておくが、俺以外の人間を信用するな? 俺だってお前を騙そうとしていたんだ。酷い目に遭うから、人間を見たら逃げることだ」
最後に忠告しておく。俺は別に乱獲するつもりはないけれど、他の人間はその限りじゃない。レインボーホーンラビットが目の前にいるのなら、その数だけ倒そうとするはずだ。
レインボーホーンラビットは俺の話に頷くと、草むらへと飛び込む。
更には別れの挨拶と言うべき台詞を口にするのだった。
『ありがとう。元気でね……』




