第32話 死闘の末
「かかってこいよ、豚野郎がっ!」
武器はない。この状況で巨豚が逃げ去るはずもないんだ。
だから、この作戦は必ず成功する。あとは俺がどれだけ戦えるかってだけ。
「きたっ!?」
巨豚が前足を掻いて、突進を始めた。
情報通りなのは有り難い。巨豚は真っ直ぐに進む攻撃しか持っておらず、俺はそれを利用するだけだぜ。
「今だぁっ!!」
足が竦んではいけない。ここはギリギリで巨豚の突進を躱す。だが、僅かに身体をかすめていく。
「ぐぁああああぁあっ!」
脇腹に激痛が走るけれど、俺は何とか直撃を回避できた。
刹那に、強烈な衝突音が轟く。それは俺の狙い通り。巨豚が大木に激突したんだ。
「やったぜ……」
破損率の高い牙はそれで折れるだろうと考えていた。だけど、激突を受けた大木はメシメシという音を響かせながら、牙を折ることなく倒れてしまう。
「マジかよ?」
得意げに振り返る巨豚。
あり得ねぇよ。まさか半分以上折れた牙で、何千年と生えているような大木をなぎ倒してしまうとか。
「あれ……?」
何事もなかったかのように前足で土を掻く巨豚であったものの、俺の目には明らかに変化が見えていた。
それは破損していた牙。ひび割れが目視でも分かったんだ。
「鑑定眼!」
透かさず鑑定眼を使用。現状の破損率を確認すべきだと。
【破損率】98%
やはり俺は幸運なのかもな。あと少し。それさえ分かれば、まだ踏ん張れるってものだぜ。
「かかってこいよォォッ!!」
再び大きな声を出し、巨豚を煽る。あと2%であれば、大木じゃなくても折れてくれるはずと。
早速と巨豚が突進を始めた。自慢の牙が折れる寸前であるとも知らずに。
「ここだぁぁっ!」
間一髪で避けた俺は後方を振り向く。猪突猛進とはよく言ったもので、巨豚は勢いのままに樹木へと突き刺さっていた。
周囲に轟く鈍い音。それは間違っても木々が倒されたものではない。今まさに、巨豚の左頬にある牙が折れたのだ。
「ざまぁみやがれ!!」
痛む脇腹を押さえながら、俺は駆け出していた。
牙こそが俺の武器になる。打撃職人というスキルを生かすのなら、拾った枝などではなく、牙で殴りつけるべきだろうと。
「重っ! ちくしょう!!」
半分ほどの位置で折れていた牙なんだが、担ぎ上げると滅茶苦茶に重い。
だけど、俺は打撃職人。細くなっている先を掴んでは、力の限りに振り下ろしていた。
「死ねぇぇえええっ!!」
巨豚の脳天目がけて力一杯に。渾身の力を込めて、俺は叩き付けていた。
牙が脳天にめり込む。何かが砕ける鈍い手応えが掌に残っている。だが、手を止めるべきではない。俺は尚も牙を振り上げ、同じ場所を狙って叩き付けた。
今度は完全に頭部を破壊している。飛散する血飛沫に、俺はようやく勝利を確信していたんだ。
「勝てた……」
ピクリとも動かなくなった巨豚を前に長い息を吐く。さりとて、俺はワイルダーピッグの討伐に来たのではない。
もう既に充足感を覚えていたけれど、レインボーホーンという依頼の進捗率を考えると引き返すなんてできなかった。
「牙を手に入れたことだし、粘ってみるか……」
この森には確実にレインボーホーンラビットが生息している。まだ遠くへ逃げていない可能性があるし、ここは根性を振り絞るだけだぜ。
探索を再開しようとしたそのとき、背後の茂みが音を立てた。
あれ? やっぱ俺って幸運なの?
振り向いたそこには、逃げていったと思われる魔物が現れていたんだ。
虹色に輝く角をした小さな魔物が。
「レインボーホーンラビット……?」




