第031話 森の中へ
グレイス侯爵にいただいた地図を頼りにして、俺は王都から少し離れた森へと来ていた。
ここは過去に二度も目撃情報が寄せられたという森らしい。
「問題は俺が強くなっているかもしれないってことだ」
俺はドラゴンを倒した。
従って、子リスにしか襲いかからないというレインボーホーンラビットが俺から逃げていく可能性を否定できない。
薄暗い森はとにかく不気味だ。王都まで距離がないといっても、やはり魔物被害は後を絶たない。安心できる要素など一つとして存在しなかった。
「もし、エレナの剣が壊れてたらどうしよう?」
未だかつてエレナの剣が機能したことは一度もない。それを信用するなんて、気が触れてもできそうにねぇよ。
「やっぱ先に確かめておこう。武器が壊れたら、買い直しに戻っても弁明できるし」
恐る恐る短剣を抜く。
すると信じられないことに、エレナの短剣は原形を留めていた。
「嘘だろ? まさか普通の短剣なのか?」
まだ信頼するには足りない。スライムの一件があるからこそ、試し斬りしないことには不安を拭いきれないのだ。
「よし……」
俺は目の前に生えた低木を切ってみることに。
頼むぜ?
エレナが愛を込めて打ってくれた短剣。俺は過度に緊張しつつも振り上げていた。愛の力が奇跡を起こすと、一心に願いながら。
「えっ!?」
振りかぶったまま俺は固まっている。なぜなら、直ぐそこの茂みから物音がしたのだ。
俺はまだ斬ってないし、怖いから物音とかやめろ。
風だよな? 風のせいだよな?
しかし、ガサゴソという物音は途切れることなく響いている。こうなると風で木々が揺れたとは考えられない。
「頼む、子リスだ。子リスで頼む……」
森で最弱の子リスであれば、エレナの短剣でも戦えるはず。
サラマンダー曰く、俺は運が良いらしい。この現状こそが強運を発揮するに相応しい場面じゃねぇかよ。
「きゅきゅっ……」
草むらからする可愛らしい鳴き声。これはひょっとすると本当に……?
「子リス、きたぁぁぁっ!」
やはり俺は幸運なのかもしれん。魔物かと思ったら小動物だったなんてな。
「ふははは! 子リスなど俺の敵ではない!!」
子リス相手に粋がっていると、どうしてか子リスは弾き飛ばされるようにして、大木へとぶち当たってしまう。無残にもグシャッと潰れたような音を発していたんだ。
いや、俺はまだ何もしてねぇって。まだ短剣を抜いただけだっての。
大木に磔となった子リス。どうしてか、その土手っ腹に風穴があった。
「冗談だよな……?」
どうにも気になってしまう。激突して死んだのではなく、明らかに子リスはそれ以前に致命傷を負っていたのだ。
「あの傷には見覚えがある」
何度も腹に受けた攻撃。丸く開いた穴は俺が知るものだった。
「ホーンラビット……?」
俺は恐る恐る視線を元の茂みへと移す。
体当たりにて身体に風穴を作る魔物は多くないはずだ。
「嘘だろ……?」
正直にあまり期待はしていなかった。けれども、俺の視界に入った魔物は虹色に輝く角を持つホーンラビットに他ならない。
「やっぱツイてるのか?」
再び女神様に感謝していると、レインボーホーンラビットは直ぐさま茂みへと隠れてしまう。
おい、ちょっと待て! やはり俺は既に子リスを超えてしまったのか!?
意図せず、子リスを超越してしまったのかよ!?
慌てて追いかけようとしたのだが、茂みがガサガサと音を立て、唸り声が聞こえている。
「ゴフルルルゥ……」
えっと、レインボーホーンラビットさん?
貴方、そのようなドスの効いた鳴き声をしましたっけ? もっと可愛らしく鳴いていただけませんか?
「やべぇ……」
茂みから顔を出したのは間違ってもレインボーホーンラビットではない。
彼は既にどこかへ逃げ去ったらしく、代わりに現れたのは巨大な豚であった。
「これってワイルダーピッグか?」
アールのついた巨大な二本の牙。厳めしい顔をした四足歩行の魔物はワイルダーピッグに他ならない。
網焼きにすると美味い魔物であり、俺が知っているのは男爵領の収穫祭にて解体される姿を見ていたからだ。
「えっと、あのときはお世話になりました。レアステーキ美味しかったです……」
とりあえず、感謝を口にして立ち去ってもらえないかと思う。
しかしながら、牛よりも巨大な豚は明確に俺を餌だと考えている感じだ。
「ちくしょう、エレナの短剣頼みってか……」
大槌さえあれば戦えたと思う。だが、俺は愛を優先した。エレナの打った剣だけで森へと来てしまったのだ。
「エレナの愛は何があっても折れることがない!」
俺はヤケクソとばかりに、エレナの短剣を天高く掲げている。生きるも死ぬもエレナの短剣次第なのだと。
ポキッ――――。
えっと、なんだ。
どうしてなんだ、エレナさん……。
愛の力でワイルダーピッグを倒そうと考えていたんだけど。
「やっぱ、エレナの剣じゃ無理ィィ!!」
俺は背を向けて駆け出していた。武器を失っては逃げるしかないと。
フレイムであれば、一瞬にして焼き豚にできるだろうが、生憎とアレは気を失うことになり、間違っても森の中で使うものじゃない。
「がっはぁぁっ!!」
逃げ出したものの、俺は背中に強烈な一撃を喰らっていた。大木に張り付けとなった子リスと同じように、吹っ飛ばされていたんだ。
「ヒ、ヒール……」
何とかまだ生きている。だけど、身体中に軋むような痛みが走っていた。
まだ死にたくねぇよ。どうにかして、この巨豚を倒す術はないのかよ!?
「弱点とかねぇの? つか、素手で倒す方法はないのかよ!?」
もう絶対に逃げられない。身体中が軋む状況で逃げ切るなんて無理だ。
武器はなく、素手で戦うしかないというのに、俺はまだ生を諦め切れていない。
そんな折り、
『鑑定眼を習得しました』
えっ? ここでスキル?
通知があったのだから、間違いなく俺は鑑定眼というスキルを得た。どうしてだか分からないけれど、弱点を見極めようとしていたのが習得に繋がったのかもしれない。
「クソ、鑑定眼ッ!!」
藁をも掴む思いで実行する。鑑定っていうくらいだから、少なからず巨豚の情報が分かるはずと。
【ワイルダーピッグ】
【レベル】25
【攻撃】
・突進
・すくい上げ
視界に文字が浮かぶ。別にそれは大した情報じゃなかったけれど、よく目を凝らすと左側にある牙のところにも文字が浮かんでいた。
【破損率】42%
えっ? 破損率ってなに?
42%って半分近く折れかけてるってこと?
まるで理解できないけれど、ひょっとしたら俺は勝てるかもしれない。武器も何もない状況なのだが、俺は起死回生の作戦を閃いていた。
だったら、それを実行するだけ。俺は生きて王都に戻れるように巨豚を狩るだけだ。
「かかってこいよ、豚野郎がっ!」




