第003話 エレナの夢
私は工房をあとにするリオを見送っています。
まるで旦那様を送り出す良妻のように。
「頑張ってね!」
彼の姿が見えなくなるまで。私は懸命に手を振っていました。
「はぁ、リオってば私のこと好きなのかな……?」
店舗を始めるにあたり、私は友人である伯爵令嬢モニカに相談をしていました。
やはり最初はお客さんが付きにくいとの話で、固定客を掴むまで女性であることを武器にすればいいって聞いたのよ。
冒険者は男性が多いので、上目遣いで購入を促せば間違いないって教えられたんです。
「いや、下心よね。私は伯爵令嬢だから色気で攻めても襲われることがないって、モニカは話してたけど」
モニカの提案で、私の店舗【勇ましき戦士たちの嗜み】の看板にはメイフィールド伯爵家御用達と表記しています。
流石に伯爵家を敵に回すような冒険者はいないとのことで、色気作戦で売りつけたら良いという計画でした。
「何だか罪悪感あるなぁ。でも、まだリオしかお客さんはいないし……」
毎日来てくれるんだもの。モニカが話す通りに接客しているんだけど、足繁く通ってくるなんて聞いてない。
モニカは確かに言ってたの。
試作品を見てもらったあと、リピーターはいないから安心しろって。付きまとわれる事態にはならないって話してたのに。
「確かに、逸品を手に入れたら、しばらく装備は必要ないものね。私が打った武具は余裕で国宝級の耐久性があるし」
だけど、リオは最初に装備一式を買ってくれた日から、毎日工房に来てくれるの。私としては暇つぶしに会話ができて良いのだけど。
「でもさ、リオは装備が駄目になったから、値引き交渉のつもりかもしれないわ」
念願の工房を持った私なのですが、悩ましい問題が一つだけある。
それはお父様との約束。毎週の売り上げを報告しなければならないのです。
あまりに売れ行きが悪いようならば、所領へ戻るようにと私は命じられているの。
「リオがドラゴンでも倒してくれないかなぁ……」
名実共にドラゴンバスターとなったのなら、繁盛店になること間違いなし。
工房の経営も軌道に乗るんだけどな。
「格好いいな。ドラゴンバスターとか。邪竜とか滅多斬りにして欲しいわ」
私には憧れがあります。
物語にある英雄たち。白馬に跨がり、剣を掲げては悪を斬り裂く。幼い頃から、そんな男性が好きなんです。
女の子なら王子様に憧れるでしょうけれど、私は世界を救うような英雄に強い憧れを抱いている。
だけど、最強の呪文を操る魔法使いとか大斧を担いだ武骨な戦士じゃ駄目なの。あくまでスマートに剣を振るう男性がタイプなんです。
「リオはどう成長していくのかな……」
どうしてか、またリオのことを考えている。彼は僧侶であって、戦闘ジョブではなかったというのに。
「でも、パラディンとか剣で戦うよね?」
そうだわ、それよ!
僧侶の上位ジョブにパラディンがあるんだもの。リオだって、上手く成長したらパラディンになれるかもしれないし。
「パラディンに昇格した上で交際を申し込まれたなら……」
何だか顔が熱くなった。妙な想像をしただけで恥ずかしくなってしまう。
今はまだ工房主とお客さんの関係。しかも色仕掛けで売りつける関係でしかない。
「はぁ……」
溜め息が漏れ続ける意味を、ようやく理解しました。
私が打った剣を販売した彼が僧侶でしかなかったから。
期待とは裏腹に英雄とはほど遠いジョブであったからよ。