第027話 成り上がるために
「悲しいこと言わないでよ……」
意図せず私は長い息を吐いていました。
どうしてかな? リオの行為に男爵家は何の関係もないと分かったから?
急に距離感が生じたことに戸惑っている?
(たぶん、両方ね……)
きっと私はリオに好意を示されるのを喜んでいたんだ。だけど、背景にある男爵家が気になって、踏み込めずにいたのよ。
「リオ、じゃあさ、料理ができたら大丈夫かな?」
あらら?
私って何言ってんの?
それじゃあ、まるで私が夫の帰りを甲斐甲斐しく待つ妻みたいじゃないの? 私は伯爵令嬢なのに。
妙な想像に私が顔を赤らめていると、
「料理……作ってくれるのか?」
前向きな返答があった。
え? それって本当に求めてることなの?
私って料理とかしたこともないし、作ろうとしたことすらないのだけど?
「少しも経験ないのだけど……」
「最初は誰だって失敗するさ。でも、俺は楽しみにしてるよ」
うっ……。
ズルいわ、それ。真顔で言われると恥ずかしいじゃないの。
「失敗しても食べてくれるの?」
「俺はエレナが初めて打った剣を使った男だぞ?」
そういえばそうね。
リオは私が初めて打った長剣と鎧一式を買ってくれたの。どうしてか壊れてしまったそうだけど、そのあとも傑作ドラゴンバスターを買ってくれたし、私の良きお得意様。
でも、鍛冶とは違って、家事は本当に苦手なのよね。
「ま、私は天才だし、取り組めば直ぐに超一流の料理人レベルよ!」
そこだけは疑いないわ。
私ほど女神様に愛された人間などいないもの。きっと、ほっぺたが落ちるほどの料理が幾らでも作れると思う。
「それでリオ、金貨五十枚の魔物って何なの?」
料理は後の宿題として、私には聞きたいことがあった。
リオはまだ討伐クエストが受けられないと話していたし、スライムを一匹倒しただけだったはずだけど。
「強さはそれほど……なんだけど、レインボーホーンラビットという何年も狩られていない魔物だったんだ。その角が侯爵様の娘さんを救う薬の原料になるらしい」
「薬? それってリズ様が飲むものかしらね?」
リズ様はグレイス侯爵家の長女なんですけど、幼い頃から身体が弱くて社交界でもお見かけしない。何度か見舞いに行ったことがあるけれど、とても美しいお顔立ちだった記憶している。
「いや、娘さんの名前は聞いていない。もう幾ばくも持たないだろうってことだけだ」
「そうなのね。リズ様は美しい女性だけど、身体の調子がずっと悪かったみたい」
もしかして、リオはこの依頼を達成したのなら、成り上がるかもしれない。
だって、侯爵様に貸しができるのよ? グレイス侯爵家は王家の遠縁でもあるし、一代貴族を拝命する可能性だってあるわ。
「リオ、絶対にその魔物を倒しなさいよ!」
「無茶言うなって。レインボーホーンラビットの素材が世に出回ったのは十年ぶりなんだぞ? それに俺も強くなってしまったし……」
「強くなる方が良いじゃないの?」
「ああいや、そういうわけじゃなくて、その……」
何だか煮え切らないわね?
優柔不断な人は嫌いよ? 男なら任せろと口にするだけで良いっての。
「リオが強くなることを期待してる。その魔物だってドラゴンバスターで真っ二つにしちゃったんでしょ? 強敵すぎて壊れたんだわ」
あれ以上の長剣が打てる気がしないもの。きっとドラゴン以上に強い魔物ね。
私のドラゴンバスターは壊れてしまったけれど、ちゃんと武器としての使命を全うしたはず。使用者であるリオを守り抜いたに違いない。
ところが、リオの返答は私が期待したものではありませんでした。
「ああいや、俺は拾った棒切れで倒したんだ……」
何その雑魚? 棒切れで倒せるとか、ドラゴンバスターの見せ場がないじゃない?
よくもまあ、それだけ弱くてレアを名乗ってるわね?
嘆息しつつも、私は本心を語る。
棒切れで倒すとか、絶対に譲れない私の美学に反しているんだもの。
「リオ、格好悪い……」




