第026話 エレナの気持ち
「この数日は寂しかったわ……」
エレナの表情は至って真面目だった。
笑みなく漏らされたその台詞は彼女の本心なんだろうか?
「もし俺が処刑されたら、エレナは泣いてくれたのか?」
俺はそれを願っていた。
死を覚悟した俺には、それくらいしか願いがなかったんだ。
「当たり前でしょ? 死罪だと聞いて頭が真っ白になったもの。この数日、リオが工房に顔を出さなかっただけで、私は寂しかった……」
俺はゴクリと唾を呑み込んでいた。
俺と会えなくて寂しい?
それって俺と同じ気持ちってことか?
「俺も会いたかった! だけど、やることが一杯あって……」
「それは理解してるわ。リオってば、私よりもずっと王都に知り合いが多いし、冒険者だけでなく鍛冶の修行までしているしね」
全部、君のためだ。
俺は声を大にして、その事実を述べたいと思うけれど、まだ俺には踏み込む勇気がない。
「しかし、侯爵様はリオに何の用事? リオってば、まだ冒険者として駆け出しでしょ?」
ここでエレナは話題を変えた。
俺が放免された大部分の理由。グレイス侯爵との関係について。
「話せば長いのだけど、俺が高溶解炉の代金を支払うだろ? それは金貨五十枚にもなる魔物を俺が倒したからだ。侯爵様は同じものを欲しがっている。以前に倒した魔物の素材は他に買い手が付いていたから」
「え? 金貨五十枚って男爵様が支払うんじゃないの!?」
んん?
エレナは妙な話をする。俺は一言だってそんな話をしたことがないってのに。
「どうして父上が出てくるんだ?」
「いやだって、リオに支払えるはずがないでしょ!?」
ああ、なるほど。
俺がエレナに良い格好するため、父上に泣きついたと考えているのか。
「うちはそんな裕福じゃないぞ? 兄上が散財したせいで蓄えがない。俺の支度金でさえ、金貨一枚分しかなかったんだ」
「ええ!? 金貨一枚って一週間の食事でなくなるでしょ!?」
やはり、住む世界が違うのかも。
金貨一枚あれば宿に泊まって外食を続けても、一ヶ月は贅沢な暮らしができる。だというのに、エレナは一週間の食事だけでそれだけ使うらしい。
「エレナは自炊とかしないの?」
「料理とか私にできるはずがないでしょ? 生活費はお父様が送ってくれるから食べていけるのよ」
何だか頭痛がする話じゃん。
もし仮にエレナと結婚したとすれば、俺は月に金貨五枚は稼がなきゃいけない。食事だけで彼女はそれだけ使うみたいだし。
こうなると奇跡のエルフことルミアの存在が大きくなってしまう。
ルミアの手料理は美味しいし、恐らく一食で銀貨一枚も使っていない。もちろん、三人分で計算したとしても。
「エレナ、俺はそんなに稼ぐ甲斐性はないよ。俺と君は住む世界が違うのかも……」
やはり高嶺の花であったのかもしれない。
一目惚れしたという理由で通い詰めていたけれど、最終的なことまで俺は考えていなかった。
貧乏貴族と上位貴族の差は顕著であって、俺たち二人の間には越えられない壁が明確に存在している。
しかしながら、エレナは俺の気持ちを繋ぎとめるような話を口にしていた。
沈んだ表情をして、真っ直ぐに俺を見つめながら。
「悲しいこと言わないでよ……」




