第025話 訪問の理由
「釈放よ。早く出なさい……」
えっ?
俺はこれから処刑されるんじゃないの?
「エレナ、それは本気で言ってるのか……?」
どうにも信じられなかった。
少しですら弁解できなかったというのに、いきなり釈放だなんて。
「当たり前でしょ。グレイス侯爵様が動いてくださったのよ? たとえ本当にテロリストであったとしても釈放されるわ」
マジっすか。
会ったこともないけれど、グレイス侯爵は俺と面会するためだけに、掛け合ってくれたみたいだな。流石は上位貴族様だぜ。
「じゃあ、どうしてエレナが迎えに来たんだ?」
疑問は山ほどあったけれど、その経緯であれば、エレナが迎えに来た理由が不明だ。
彼女は騒動の内側にいなかっただろうし。
「べべべ、別にリオが気になったわけじゃないわ! メイフィールド伯爵家はグレイス侯爵家の寄子だし。そそ、それだけの理由よ!」
なるほど、伯爵家はグレイス侯爵の庇護を受けているのか。上位貴族の繋がりは強固なものだし、エレナは雑用を命じられたのかもな。
「それでリオこそ、どうして侯爵様と知り合いなのよ? 男爵家と直接繋がりがあるなんて思えないのだけど」
「ああ、それな。別に面識があるわけじゃない。今日、初めて会う予定だっただけだ。まあ、そのおかげで動いてくれたのだろうけど……」
やはり俺は強運なのかもしれない。侯爵様との面会がずっと先であったなら、俺が投獄された事実に気付かなかったことだろう。
「そうなのね。でも、驚いたわ。生産者ギルドでも大騒ぎになっていたんだもの」
「マジで? どうして生産者ギルドで騒ぎになるんだよ?」
「スミスってお店の人がリオを捜しに来たの。そしたらグレイス侯爵までお見えになって」
恐らく師匠は俺が一向に戻らぬことで事件的な匂いを察知したようだ。
ま、ただの魔力切れなんだけど、結果的には大事件かもな。
「スミスの工房主と知り合いなの?」
ここでエレナは問いを投げた。
秘密にしておくべき内容であったけれど、師匠が俺を捜していたのだから誤魔化しようもないな。
「実は俺も鍛冶に興味が湧いて、弟子にしてもらったんだよ」
「弟子? どうして、私じゃないのよ?」
ジト目が向けられてしまう。
自信家のエレナだからな。ここは上手く言い訳を並べて、彼女を傷つけないようにしないと。
「エレナは天才なんだろ? 俺みたいな凡才が天才の理屈を分かるわけないだろう?」
「ああ、そゆこと! 確かにそうかも。私は独自の理論で鍛冶をしてるし!」
いや、その独自理論とやらを聞いてみたいぜ。
どうやったら、鞘から抜いただけでドラゴンバスター(自称)が折れてしまうんだよ。
「少なくとも高溶解炉が完成するまでは学ぼうと思ってる。泊まり込みで修行しているんだ」
「割と本気なのね? 良い剣が打てるようになったら、私と勝負よ! どちらが高い値段で売れるのかを競いましょう!」
エレナは満面の笑み。
実をいうと君のために学んでいるのだけど。しかしながら、それ以前にも楽しんでくれるのなら何よりだ。
「じゃあ、行きましょうか。侯爵様の馬車を待たせてあるから」
牢の鍵が外され、俺はようやく放免となっていた。
そもそもテロリストじゃないのだし、捕まる理由だってない。だから、堂々と出て行くだけだぜ。
騎士団の詰め所をあとにし、俺たち二人は馬車へと乗り込む。
狭い車内に二人きり。何となく緊張してしまうのは相変わらずだ。まあそれで、俺は思いも寄らぬ台詞を聞くことになった。
「ねぇ、リオ……」
視線を合わせようとせず、ポツリとエレナ。
俺の感情を刺激しまくる言葉を、彼女は漏らすように言ったんだ。
「この数日は寂しかった……」




