第231話 さあ、始まるぞ!
黒竜討伐から半年が経過していた。
その間に王城での報告があったり、侯爵位の授爵式があったりと大忙しであったけれど、本日は俺とエレナの結婚式がようやく催されることになっている。
こんなにも急いだわけはエレナが懐妊していたからだ。
ウェディングドレスが似合わなくなるといけないとのことで、お腹が目立つようになる前に式を挙げようとした結果である。
「エレナ、入るぞ……?」
結婚式は何と王都セントリーフで催されることに。
俺は王国だけでなく、今や世界を救った英雄なんだ。
世界中から来賓を招くのに、辺境伯や南部の侯爵領は似つかわしくないとの判断。王陛下は快く会場の使用許可を与えてくれている。
「おお、めっちゃ綺麗だ!」
「リオぉぉ、ヴェールを被る前に確認しないの。興奮したって知らないわよ?」
エレナはよく分かってるな。
もう既に、俺の下半身は反応しまくりだった。世話役のメイドが恥ずかしそうに視線を逸らすくらいに。
「いやだって、割と胸元開いてるのな? そのドレスってエッチすぎない?」
「神聖な衣装になんてことを……。私が誂えさせたのだけど、文句ある?」
「ないない! 楽しみだよ!」
とりあえず、俺は退散して、新郎の控え室へと。
会場は既に超満員らしい。
ゆかりのある人たちだけじゃなく、世界中から我こそはと詰めかけてくれたらしい。
「リオ、入るのじゃ!」
俺の控え室には引っ切りなしに祝いを述べる者たちが訪れている。
まあそれで思わぬ顔を俺は見ることになっていた。
「ソフィア姫殿下……」
リズ様もそうだけど、ソフィア殿下も俺を普通に祝福してくれんの?
俺が断ったことで、少なからず彼女たちの経歴が汚れたと聞いているのだけど。
「妾を選ばないなど、とんでもない男じゃな? まあしかし、箔がついた。世界を救った英雄に断られたこと。お主が一介の貴族のままじゃったら、流石にバツが悪かったがの!」
ワハハと笑うソフィア殿下。相変わらず容姿にあっていない物言いだ。
「すみません。俺は初めからエレナに決めていましたので。リズ様にもそう伝えさせてもらったところです」
既にリズ様は祝いの言葉を俺にくれている。
いつまでも待つと話していた彼女だけど、分かりましたと返してくれたんだ。
「リズは弟が娶りたいと話しておった。なので、心配無用じゃ。それより妾が行き遅れるのは好かん。汝に匹敵する男を紹介せよ」
えっと、マジか。
フェリクス殿下とリズ様ならお似合いだと思うけど、この姫君に釣り合う人間が果たしているのだろうか。
「オークキングでも良いですか?」
「バッカもん! なぜに妾が豚亜人と結婚せねばならんのだ!? 必ずとびっきりの良い男を紹介するのだぞ!?」
言ってソフィア姫殿下は祝儀をポンと投げ渡し、控え室を去って行く。
いや、どうなってんだ?
この嵐にも似た姫君は……。
まあしかし、とりあえず難所は過ぎたはず。俺はそう思っていたんだ。
「リオ、失礼するぞ?」
ソフィア姫殿下と入れ替わりで現れたのは何とドルース師匠であった。
「師匠!?」
「受付で祝儀を渡そうとしたら案内されての。恐縮してしまうわい」
「リオさん? あたしもいるのですけど?」
師匠の後ろから顔を覗かせたのは奇跡のエルフことルミアであった。
「ルミア、祝ってくれるんだな? 最近、ずっと冷たいじゃないか?」
「リリリ、リオさんは鈍感すぎます! 知りません!」
どうしてか祝いに駆け付けてくれたはずなのに、ルミアはそっぽを向いてしまう。
本当に乙女心は分かんねぇな。
「わはは! リオ、良ければルミアを妾にしてやってくれ。こんなでも、ずっとお前のことを好いておったみたいなんだ」
「おおお、お父さん!?」
えええ!?
何その衝撃発言?
全然、気付かなかったけど、本当にルミアが俺を?
「ルミア……?」
「リオさん、誤解しないで! 別に、あたしは妾になりたいわけじゃないわ。でも、どうしてもっていうなら考えてあげる。それに新しいお弟子さんも来たからね? あたしだってモテるんだから……」
どうやら鍛冶工房スミスには俺とエレナに代わる弟子が入ったらしい。
少しばかり残念にも思うけど、俺が知らない場所でも世界が廻っているのだと知れた。
「世界を救った英雄が弟子であって、世界を救うための剣を打っていたと認知されておってな。既に在庫は底を突いて、受注生産のみになっておるぞ?」
ドルース師匠は満面の笑み。
ぶっちゃけ立地が良くないスミスだけど、口コミで今や超人気店になってしまったみたいだ。エレナが思い描いていた未来図を、そのまま体現している感じらしいな。
「それは良かったです。俺の名前で良かったら、どんどん使ってください」
「リオは相変わらず腰が低いな? まあ、そういうところが人たらしな所以だろうか。ま、エレナに飽いたら、ルミアももらってやってくれ」
「おおお、お父さん!?」
再び振り出しに戻ったかのような会話であったが、ここで執事が俺を呼びに来た。
いよいよ、結婚式が始まるんだ。
二人とはまだ募る話があったけれど、主役として式に遅れるわけにはならない。
「二人とも、あとのパーティーも楽しんでいってください。貴族も一般人も関係ありませんから」
「おう、今日はたんまり呑ませてもらうぞ?」
「お父さんったら!」
最後まで二人は普段のままだった。
おかげで肩の荷が下りたような気がする。リラックスして結婚式に挑めるってものだぜ。
「じゃあ師匠、ちょっくら結婚してきますわ」
「ふはは! 幸せな!」
「お父さんもリオさんも結婚式なんですよ!?」
分かってるさ。
そんなこと充分に分かっている。
だけど、俺が俺らしくあることも大切だろ?
観覧者の身分を考慮しないことはエレナも同意している。
それはつまり格式を求めるよりも、人との繋がりを彼女も重視しているからだろう。
大騒ぎになることはエレナも承知しているのだから。




