第230話 喜んで!
俺は目を覚ましていた。
どれだけ眠っていたのだろう。落下した衝撃で目覚めたのではない感じだけど。
『リオ、僕がワイバーンを操った。君の意識が薄れていたから、身体を借りたよ』
マジで?
サンキューな。
どうやら俺が昏倒した間にイヴァニスがワイバーンを操舵してくれたらしい。
おかげで、どこも痛くない。
少しばかり頭痛がするのは魔力切れのせいだろうし。
「リオ、目覚めたのね!?」
真っ先に視界へと現れたのは愛しき人だ。
きっと彼女が魔力ポーションを飲ませてくれたのだろう。
「エレナ……黒竜は?」
一応は確認しておこう。
最後、黒竜は魔王と同じように自爆したんだ。従って、もうこの世の存在ではなくなったと思う。
「倒したわ! リオの一撃って凄かったのよ! ズバンて! いや、バスンだったかな!? てか、ズドドドンって!」
エレナは滅茶苦茶に興奮しているな。
言葉を選ぶことなく彼女は俺の奮闘を語り出していた。
「エレナ、俺は英雄だったか……?」
気になるのはそこだけだ。
彼女が求める英雄様。俺はその理想像に近付けたのだろうかと。
「リオ以上の英雄なんていない! 断言できるわ! だって世界が滅びるかもって相手に勝ってしまったんだもの!」
興奮するエレナは次々と言葉を並べている。
全てが俺を称えるものであり、夢と現実が重なったことを意味するものだった。
「しかも、私たちが打った聖剣を使って倒しちゃった! 子供の頃に見た夢のままだったのよ!」
そっか。満足してもらえたなら俺は本望だ。
しかしながら、彼女の夢でいうのなら一つだけ叶っていない気もするな。
「白馬は後日用意するよ」
「アハハ! そうだね? 白馬に乗って迎えに来てよ」
「ああ、お姫様を迎えるため、最高の白馬を探そうと思う」
これで良いか?
エルシリア様、俺は貴方の目論見以上のことをしたと思うのだけど。
万が一、不満があるというのなら、僧兵を介してでも伝えて欲しい。
一応は善処するぜ?
「リオ、よくぞ仕留めた! 既に王陛下には黒竜討伐の一報を伝えてある。褒美は望むがままじゃぞ? 何なら空白地となったバルデス侯爵領を拝領されるかもしらんわい」
マジかよ。俺って侯爵になんの?
現状からすると、少しばかり格下らしいけど、ガラムがまだ隠居しないのであれば、俺にとって拝領は望ましいことかもしれないな。
「ガラム様、あたしの願いを無下にするおつもりですか? あたしはリオ様のお側におりたく思い、辺境伯家のメイドになるのですけれど?」
「うはは、そうじゃったな? まあ良いではないか? 隣の所領であるし、何の問題もないぞ」
何だか俺が知らないところで、妙な話になっていたらしい。
まあそれでエマ。俺は彼女にも礼を言っておかないと。
「エマ、ラズベルを守ってくれてありがとう。君がいなければ、この地は滅んでいただろう」
「リオ様、お礼なら身体で払ってくださいな? 一晩だけでもお付き合いいただければ幸いですのよ? オホホ!」
「お前なぁ、レイスが天に還ったんだ。一年くらいは大人しくしとけって」
「一年後なら良いの? あたしは待っているからね?」
エマはウインクをして、この場を去って行く。
徹底的に誘ってくるのかと思いきや、彼女は怪我人の救護にあたっている。
やっぱ性女じゃなくて、聖女なのかもな。過酷な幼少期のせいで言動はおかしいけど、性根は心優しき女性に違いない。
「さてと、俺に何かできることってあるか?」
「むぅ? 功労者なのじゃぞ? 一ヶ月くらい寝て過ごしても良いくらいじゃ」
俺を甘やかすなって。
これでも男爵家の人間だった頃は自堕落に過ごしていたんだ。
今となっては考えられないけれど、俺はやるべきことを次々と与えられた方が頑張れるって分かった。
「いや、動くよ。エレナと一緒に怪我人の手当をする。構わないだろ?」
「しょうがないやつじゃな。実際に人手が足りんから、助かるわい」
初めからそう言えってんだよ。
俺を出し惜しみするな。俺は顎で使っても支障ない稀少な英雄なのだから。
ふとエレナに視線を合わせる。
やっぱ綺麗だ。俺の愛する人は。
「どしたの?」
「ああいや、綺麗だと思って……」
「!?!」
顔を赤らめる様は本当に可愛い。俺が惚れた姿そのものであった。
良い雰囲気になったと思った矢先、
「放馬した! 誰か捕まえてくれぇ!」
瓦礫の撤去に集められていた馬が脱走したらしい。思わず視線を向けたそこには白い馬が俺に向かって走って来た。
「おいおい、俺はまだ小動物並の強さだと思われてんのか?」
俺は魔物ウケがいいらしい。きっと馬も俺を餌だと……考えるわけねぇか。
「よし、こい!」
俺は脱走したという馬を受け止めていた。
馬もまた思いのほか落ち着いていて、俺の腕の中で静かにしている。
「奇しくも白馬ってか……」
ちょうど良いかもしれん。
完全な農耕馬だけど、俺は受け止めた白馬に跨がっている。
そして、呆然とする我が姫様へと手を差し伸べて、俺は語りかけるんだ。
「エレナ、結婚しよう」
シュッとした馬じゃなくて悪いな。だけど、俺は今日という日にプロポーズしたかった。
英雄だって、たまには白い農耕馬に跨がることもあるだろう?
あるはずだよな?
「英雄が迎えに来ましたけど?」
エレナは呆気にとられていたけれど、一拍おいて笑っている。
どうやら本気とも冗談とも取れる話が整理できたみたいだ。
まあそれで、エレナは俺の手を取ってくれた。
引っ張り上げる俺に承諾の言葉を残しながら。
「ええ、喜んで!!」――と。




