第023話 まさかの事態
昼食を取ったあと、俺は東街門を出て、草原へと来ていた。
魔物と戦うつもりもなかったから、見通しの良い場所をフレイムの練習場に選んでいる。
「ここだと、行商の馬車も通るし、ダンジョンに向かう冒険者たちもいる。何かあっても助けてもらえそうだ」
俺は割とトラウマを抱えてるんだ。よって、一人で森へ向かうほどの自信はまだない。
万が一、魔物に襲われても、誰かに助けてもらえる場所じゃなきゃ不安なんだよ。
「この辺りで良いだろ」
まだ街門が見える場所。何かあっても、衛兵が駆け付けてくれるだろう。
攻撃魔法の使用はよく分からんが、基本はヒールと同じだと思う。
習得さえしていたのなら、魔法名を口にするだけで発動するはずだ。
何を狙うでもなく、俺は草原に向かって手をかざし、魔法名を口にする。
「フレイム!」
刹那に、身体中の力が抜けるような感覚に陥る。フレイムを発動させただけだというのに。
「魔力が持っていかれる!?」
掌の前には巨大な魔法陣。掌に身体中の魔力が集中していたんだ。
「マズい……」
意識が朦朧としてくる。
ヒールを連続で使ったとして、魔力切れなんて起こさない。だが、フレイムはたった一発で膨大な魔力を要求し続けた。
一瞬のあと、魔法陣から炎が噴き出していた。
ああいや、違うか。
それは最早、炎と呼ぶには大惨事すぎる。
災厄でも襲って来たかのように、視界が赤一色に染まっていたのだから。
ここで俺は意識を失ってしまう。
明らかに魔力切れ。深い眠りに落ちるように、俺はその場へと倒れ込んでいたんだ。
◇ ◇ ◇
目が覚めた俺は戸惑っていた。
確かに東街門を抜けて草原へと来ていたはず。しかし、俺が目覚めた場所は陰気な石室。加えて、そこには鉄格子が取り付けられていた。
「ここは……?」
気を失ったあと、何があったのか。
もしかすると俺は盗賊やら奴隷商やらに攫われたのかもしれない。
「大槌を奪われただけで、身ぐるみ剥がされてはいないようだけど……」
明らかに牢屋なのだ。
何かしらの悪党に捕まったとしか思えない。何しろ抵抗できる状態ではなかった。悪党が女性であったとして、昏倒した俺を連れ去るくらいはできたことだろう。
「しくったな……」
まさかフレイムが俺の魔力を根こそぎ持って行くだなんて考えもしていない。
授かった呪文の中で唯一使用可能だったんだ。ギリギリで使用できたなんて想定外も甚だしい。
「しかし、すげぇ威力だったな」
思い出されるのは強大な炎。扱いきれるとは思えないほどの超火力であった。
思えば師匠が上級魔法士でも唱えられないと話していたんだ。やはり俺はサラマンダーから特別な加護をもらったのかもしれない。
「あの魔法を使えば、簡単に脱出できそうじゃね?」
悪党ならば手加減の必要はない。無一文であった俺はこのままだと奴隷として売られるだけだ。だったら、抵抗くらいしてやろうじゃねぇか。
「問題は魔力切れを起こすってことだよな」
気を失っては殺される可能性が高い。よって俺は悪党たちが勢揃いする瞬間にフレイムを撃ち放たなければならなかった。
しばし、考えていると、俺がいる牢屋へ向かう足音が響く。
「ここは大人しくしとかないと……」
俺にはフレイム以下の魔法がない。だから、見回りのような下っ端に撃ち放ってはならなかった。
「おっ? 目が覚めたか」
現れたのは王国の衛兵のようにも見えた。だが、油断してはならない。衛兵に扮しているだけかもしれないのだ。
「ええ、まあ……」
「ま、お前は近日中に処刑される。目が覚めたとして辛いだけだがな?」
クックと笑う男。彼が話す通りであるのなら、俺は悪党共に殺されるみたいだ。
恐らくは一文無しであったから。身元を証明するものはギルドカードしかないし、男爵家の一員だと分からなかったのだろう。
「必要なくなったから殺すのか?」
「おいおい、馬鹿を言うな。お前に価値なんかあるはずもないだろ?」
男は乾いた声で笑っている。加えて、彼は俺が置かれた現状を的確に述べていた。
俺が囚われの身である理由を。
「テロリストは処刑されるだけだ」




