第224話 妙な話に
アルカネスト王国ウェイル辺境伯領ラズベル。
「ガラム様、黒竜が視認されました!」
声を上げたのは兵士長グリム。
その報告は南端の都市を次々と破壊した黒竜がアルカネスト王国へと向かっているというものであり、終焉を告げるものであった。
「やるしかないのぉ。グリム、お前は兵を引き連れ、王都へ向かえ。今からでも遅くはないのじゃ」
「それは誰も望んでおりません! 朽ち果てるなら故郷にて。それは私兵団の全員が考えていることです」
「まったく、融通の利かん奴らじゃて」
「それはお互い様でしょうに」
一拍おいて二人は笑い合った。
黒竜の攻撃は上空からの黒炎がメインだと判明している。従って、剣や槍を持つ私兵団に仕事などなかった。
「王陛下にはせめて黒竜の進路を変えてみせると伝えておる。ワシらウェイル辺境伯軍は武門との誉れ通りに戦うだけじゃて」
「そうですね。魔法士隊を前面に配置します」
正直なところ、ガラムは期待していない。
自身の魔法ですら効果があるのか分からないのだ。
ファイアーやウォーターボールを幾つ撃ち込んだところで効き目などないと思う。
「頼むのじゃ」
しかしながら、兵の意志を尊重する。
誰もが、この土地を守ろうとしていること。死なば諸共という結果しかないけれど、全力を出し切ることが生きた証しに違いない。
「エマ、黒竜が黒炎を吐くたびにセントウォールを唱えるのじゃ。効果範囲は任せる。この状況で頼れるのはエマだけじゃからな」
「ガラム様、ならば、もしも黒竜を退けられたのなら、褒美が欲しいです」
思わぬ返しに、ガラムは目を丸くする。
だが、直ぐに理解もしていた。
目的があるのとないのとでは最後の気力に違いが生じてしまうのだと。
「言ってみなさい」
「では失礼して。あたしをリオ様の妾にしてください!」
突拍子もない願望であった。
まだ結婚すらしていない息子の妾だなんてと。
「それはまた難しい話をするの? 妾でよいのか?」
「側で見ていたいのですよね。あたしはリオ様みたいな人に初めて出会いました。構わないと言っているのに、一度も抱こうとしない。穢れたあたしなんかを彼は尊重してくれるのです」
リオらしい話が続けられた。
何しろ、王女殿下や侯爵令嬢を振ってまでエレナを選んだのだ。ガラムには状況が手に取るように理解できていた。
「あれはヘタレというのじゃ……」
笑いながら返答する。
まあしかし、気分転換になっていた。
死を目前にして笑えるだなんて思いもしないことだ。
「エマ、戦いが終われば教会から引き取ろう。辺境伯家にてメイドでもしておれ。妾になりたいのなら、自分で説得するのじゃ」
「んんー、まあ仕方ないですね。あたしがメイドでも構わないのです?」
「構わん。しっかり働けば、それなりの報酬を与えよう」
こんな今も黒竜の影が迫ってきている。けれど、妙に落ち着いてしまった。
人生のタイムリミットが刻一刻と近付いていたというのに。




