第223話 岩をも通す
「スキル名は虚仮の一念……」
ああうん、そりゃ分かんねぇわ。
虚仮っていうと愚者のことか?
確か、虚仮の一念岩をも通すとかいう言葉があったっけ。
愚かな者が一心に打ち込むことで、何かを成し遂げるというもの。
「ま、俺に相応しい感じだな? 結局は一心に願えば良いってことか」
これまでも俺は愚者であったと思う。
僧侶なのに冒険者になったり、鍛冶職人に弟子入りしたり。身の程も考えず、伯爵令嬢に惚れてしまったりと。
だけど、俺は一心に願って、一つずつ階段を上がったんだ。
今では勇者となり、聖剣も打った。
加えて、高嶺の花をこの手に掴んでもいる。
「リオの気持ちがスキルを作用させるかもしれない。本当に気休めだけどね?」
「いや、充分だよ。それを知れて良かった。鑑定眼を持ってないし、知らずに呑み込まれるところだったぜ」
「アハハ、そういう軽いノリは君らしくていい。僕はとても好感を覚えているよ」
「それは褒めてんだろ? ま、さっさとやろうぜ。俺は絶対に耐えてみせるよ」
「ああ、分かった。リオ・ウェイル、僕を受け入れて……」
言ってイヴァニスの身体が煌めきに包まれていく。
本来なら絶望する場面でしかないが、期待する未来を聞かされてしまった。
俺は自我を強く持ちつつ、イヴァニスを受け入れていくっきゃねぇ。
(割と難しいけど……)
受け入れながら拒否しろってわけじゃないんだけど、受け入れたあとで自我の維持なんてできるのか?
不安に苛まれていると、眼前の輝きは俺が持つ聖剣へと吸い込まれていく。
(って!?)
刹那に胸の辺りが激痛に襲われていた。
やっぱ融合って乗っ取りを意味しているんじゃね?
俺の心を身体から追い出そうという力が働いているとしか思えない。
「ぐあぁあああっっ!」
「リオ、しっかり!!」
エレナの声が聞こえる。
彼女の夢に反して、俺たちは婚約者になった。夢を捨ててまでエレナは俺を選んでくれたんだ。
「エレナ……」
やはり俺は英雄にならなければならない。
愛する人が望む姿になり、俺は改めて彼女に愛されたい。
「英雄になるんだァアアアッ!!」
既に意識は殆どなかったが、俺は自然と声を張っていた。
他の誰でもない。
リオ・ウェイルとして英雄になる。
イヴァニスではない俺の力で世界を救いたいのだと。
「うああぁあああぁあっっ!!」
意図せず絶叫した意味。それを俺は理解していた。
その叫声こそが俺自身。失ってはならない自我に違いない。
「ぐああぁあああぁあぁああ!!」
ならば声を上げるだけだ。俺が俺であるために。
俺自身が英雄となるために。
「虚仮の一念……」
俺は絶対に岩をも突き通してやる。
必ずや俺は岩を貫通し、破壊してやるんだ。
「愚か者を舐めんじゃねえええ!!」
そう叫んだあと、俺は意識を失ってしまう。
だけど、心に声が届いたんだ。
安眠しても構わないと囁くような声が。
リオ、よく頑張ったね――と。




