第220話 色褪せない愛と共に
レイシールドの立体展開を何とか習得した俺は大量の魔力ポーションを用意してもらっていた。
左手には大槌。隣にも大槌を握るエレナの姿がある。
オリハルコンが溶け出すや、俺たちは鍛造を始めなくてはならない。
「エレナ、いくぞ……?」
正直に神殿で実行するのは怖かったけど、エルシリア様は何も言わなかった。
「レイシールド……」
心を穏やかに。
俺は綺麗な長方形を描いている。
黄金の糸で形作られたそれは明確に立方体となっていたんだ。
魔力ポーションを飲んでから、俺は右手を掲げた。
次はインフェルノだ。
ぶっつけ本番であるけれど、間違いなく魔力切れを起こす魔法。下手をして昏倒しないためにも、最初から本番になることは決まっている。
「インフェルノオオ!!」
例によって例のごとく、身体中の魔力が失われていく。
眼前に展開する三十もの多重魔法陣。それは魔法の威力を事前に伝えるには充分すぎたんだ。
「溶かせぇええええっ!!」
魔法陣から真紅の炎が漏れ出す。
かつて、炎の威力は色だと教えてもらったけれど、インフェルノは血の色をした赤い炎。レイシールドの中を真紅に染めていた。
「うおおおぉぉっ!!」
集中しなければレイシールドが解ける。それだけは回避しなければならなかった。
エレナが俺に魔力ポーションを飲ませてくれる。オリハルコンが溶け出すまで、俺たちはこの作業を続けなければならない。
「リオ、もう解いても構いません」
エルシリア様の助言にて、俺は魔力の放出を止めた。
正直に助かったぜ。
補充しては放出を繰り返し、気が触れてしまいそうだったんだ。
徐に多重魔法陣が消失し、そこには赤々とした塊が残っていた。
溶けたオリハルコンが一つに纏まっている。ならば俺たちは大槌を振るだけだ。
「エレナ!」
「了解!!」
二人して大槌を交互に振るう。
丸く纏まったオリハルコンを剣の形に仕上げていかねばならない。神殿には俺たちの振るう大槌のテンポ良い音が響き渡っていたんだ。
思えば、こんな姿に憧れていた。
愛する人と武具を作り、工房を経営したい。
鍛冶を始めた頃、俺はこんな光景を確かに思い浮かべていたんだ。
だけど、笑っちまうよな?
俺は今、聖剣を打ってるんだぜ?
俺とエレナは世界を救う英雄に武器を打っているのではなく、世界のために死んでいく俺のために聖剣を打っているんだ。
このあとはインフェルノじゃなく、メガバースト。
徐々に火力を弱くして、聖剣を形作っていく。
本当に集中していた。
作業が終わった頃には夜中になっていたんだ。
イヴァニスが大丈夫と声をかけてくれるまで、俺たちは一言も発していなかったりする。
「二人とも、もう充分だよ。僕の身体は良い感じに仕上がっている」
イヴァニス自身の言葉であるのなら、本当にこれで構わないのだろう。
成形しただけであり、研ぎですらしていないというのに。
「完成か……?」
「想像以上だ。以前の身体よりも魂が馴染む予感さえある。見栄えはしないけどね?」
「俺はいつまで俺のままでいられる? 今すぐにというのなら、少しだけ時間をくれ。俺とエレナに僅かな時間を……」
「それは構わないよ。そもそも急いだとして、黒竜の破壊が直ぐに止められるわけじゃない。それに融合はまだ先だ。黒竜を発見してからでも充分だから」
有り難いことに、少しばかり時間がもらえるみたいだ。
俺とエレナの人生に猶予が与えられるらしい。
「エレナ……」
俺はエレナと視線を合わせた。
既に黒竜が動き出した世界において、俺たちの時間は残り僅か。部屋を借りて、二人だけの時間を過ごしたいと思う。
「リオ、私はずっと側にいるわ。たとえ失われたとしても」
やはりエレナは俺のあとを追うつもりみたいだ。
それは俺が望まない未来だけど、今となっては嬉しく感じる。死後も彼女と一緒にいられるのなら。
「じゃあ、それで頼むよ……」
俺はもう彼女を諭さない。
ただ一緒にいたいと願う。元より彼女がそれを望むのであればと。
きっと俺たちの愛は不変だ。
俺はこの愛を抱きしめずにはいられない。
決して色褪せたりしないこの愛を……。




