第022話 指名依頼
翌日は朝から鍛冶の特訓だった。まだ火を扱うことは許可されていない。ただひたすらに、鉄を打つだけである。
もう直ぐ昼食という時間になって、慌ただしく店舗の扉が開かれていた。
「こちらにリオ・スノーウッドという青年はいるだろうか?」
「え? リオさんですか? 奥で鎚を振っている方ですけど?」
どうやら客は俺に用事があるらしい。
ルミアが俺を呼ぶので、仕方なく手を止めて店の方に。
「え? ライマル本部長!?」
遠く離れた男爵領育ちの俺に知り合いは少ない。
俺に用事があったのは冒険者ギルドのライマル本部長であった。
「探したぞ、リオ。住民に聞き込みをして、ようやく辿り着いた」
「何の用です? ひょっとして報酬でしょうか?」
俺に用事があるとすれば、先日の報酬しかない。かといって、本部長自ら俺を捜していたなんて冗談にしか聞こえないけれど。
「ああいや、そうじゃない。実はお前に指名依頼が来ている。詳しくは依頼人に会って欲しいんだ」
はい?
俺はギルド内で失笑を買うような冒険者なんだけど? そんな俺に依頼するなんて、金を捨てるようなものだけどな。
「誰なんです? 俺の実力を知ってのことですか?」
「詳細は会ってから。簡単にいうと高貴な方だ。実力は既に伝えてある。明日、迎えが来るのでギルドまで来て欲しい」
高貴な方というくらいだから、ギルドは無視できなかったのだろう。
まあしかし、指名依頼。嫌な予感しかしないっての。
「強制ですか? 俺は鍛冶の特訓中なんですけど。弟子入りしましたし」
「なんと、鍛冶職人になるのか!? それはとても良いことだが、お前は僧侶だろうが?」
「そうなんですけど、割と熱中してまして……」
どうして僧侶なんてジョブを授かってしまったのだろうな。
サラマンダー曰く、女神様が俺を気に入ってくれたという話。それなら幸運値だけじゃなく、もっと良いジョブを与えてくれたら良かったのに。
「依頼の理由はお前が倒した魔物に関係している。奇跡の薬エリクサーを知っているか?」
「エリクサー?」
初めて聞く薬だ。それと俺が倒したレインボーホーンラビットと何の関係があるのだろう。
「あの魔物の素材はエリクサーに必須なんだ。しかし、以前にも話したように、依頼していた方が既にいた。つまり、高貴な方は新たな顧客。もう一度あの魔物を倒して欲しいという話だ」
詳しく述べられていなかったが、俺が倒した魔物は少ない。やはりレインボーホーンラビットで間違いないようだ。
「いや、無理ですって!」
「俺もそう伝えたんだが、生憎と聞く耳を持っていない。依頼主の娘さんが危ない状態らしくてな。藁をも掴むといった感じなのだ」
「娘さんが危ない? そのエリクサーって薬なら回復させられるってことでしょうか?」
「そういうことだ。本当に時間がないらしい。幾らでも金を積むと話しておられる。会うだけでも了承してくれないか?」
理由を聞いてしまえば、無下には断れない。
もしも、俺が再びレインボーホーンラビットを倒せたのなら、一人の女性を救えるかもしれないんだ。
「そういうことでしたら。でも、俺は確約できませんよ?」
「構わない。とりあえず、明日だ。頼むな……」
言って本部長は去って行く。
何とも気乗りしない宿題を俺に残して。
長い溜め息を吐いていると、ルミアが俺に声をかける。
「リオさん、指名依頼とか凄いじゃないですか!? もしかして、凄腕の冒険者だったのですか!?」
いや、それは違うぞ。
ある意味、俺は有名だったかもしれないけど、それは強者って意味じゃねぇよ。
「それに人助けとか格好いいです! あたし、尊敬しちゃいます!」
嬉しい言葉をかけてくれる。やはりルミアは良い子だと思う。だけど、尊敬だなんて大仰な言葉だ。俺はただ断り切れなかっただけだもんな。
「師匠、申し訳ございませんが、明日は鍛冶の特訓ができません。冒険者ギルドの依頼を断れませんし……」
「まあ、しょうがない。それで午後は昨日話したように、街門を出てフレイムを使ってみろ。火の扱いができてこそ一人前になれる」
どうやら、今日も午前中で鎚を振るのは終わりみたいだ。午後は習得したフレイムの火力調整に費やせとのこと。
「分かりました。早く一人前になりたいです」
一週間前からは想像もできない未来に俺はいた。
食うに困って雑草まで食べていたというのに、今や三食飯付きで自室まであるのだから。
だから、俺は応えたいと思う。
俺を信頼してくれる人、全員の期待に。




