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第201話 窮地に

「猛毒じゃないか……?」


 そうとしか思えない。


 ワイバーンの死骸だって、徐々に腐り始めていたんだ。


 腐敗するには早すぎる。たった今、ワイバーンは死んだところなのに。


「それならバジリスクかしら?」


 猛毒と聞いて思いつくのはバジリスクだ。


 しかし、そもそもバジリスクはアレスタ山脈から逃げ出したはず。群れを成して真っ先に逃げたというのが俺たちの推測だった。


 つまり、猛毒を吐いた存在はバジリスクではない。


「いや、もっと強大な何かだ。猛毒を吐く何らかの強者……」


 俺たちは互いに同じ魔物を思い浮かべていたことだろう。


 伝承にあるような化け物。実在するかも分からぬ存在について。


「ヒュドラ――?」


 口にした瞬間から違うと思うが、生憎とその疑念は払拭されない。


 上空から見た様子では広範囲に森が枯れていたんだ。あれだけの猛毒を撒き散らすなんて、群れであってもバジリスクには不可能だ。


 九つの頭を持つ巨大な蛇。


 伝承によるとヒュドラはバジリスクが進化したものだという。


 荒唐無稽な話であったものの、俺たちはその推論を否定できなくなっていた。


「もしヒュドラがいたらどうするの?」


「エマがいないんだ。猛毒を受けたらそれで終わり。戦うべきじゃないな」


 幸運にも俺たちは枯れ木と森の境目にいる。ここは森の中を逃げて、ヒュドラから距離を取るべきだろう。


「そうだね。猛毒で腐ってしまうなんて嫌だわ」


「まったくだな……」


 到着するまでは余裕だろうと考えていたけれど、俺たちは窮地に立たされている。


 そもそも森の中は蛇であるヒュドラのテリトリーだ。スルスルと木々の間を縫って動く蛇は何よりも素早く、厄介な魔物に違いない。


「エレナ、こっちだ……」


 とりあえず、枯れ山とは逆方向に歩き出す。

 北側の山々は緑に覆われていたのを思い出して。


「私たちが愛し合いすぎて、女神様が嫉妬したのかしら?」


「あはは、そうかもな? ずっとしてたんだし」


 軽く返事をした俺なんだが、女神エルシリア様の話は重荷でしかない。


 何しろ俺は勇者になれと命じられているんだ。こんなところで毒蛇に殺される結末などエルシリア様は望んでいないはず。


 しばらく歩くと、急に茂みが音を立てた。


 いや、音っていうより、衝撃に近い。巨大な木々が折れたような音が響いている。


 唖然と振り向く俺。


 望むはずもない未来が到来していたことを知った。


「ヒュドラ……?」


 折れた大木に巻き付いていたもの。

 紫色をした巨大な蛇。九つに分かれた頭部を持つ大蛇。


 その答えは限定的だった。


「エレナ、逃げろ!!」


 俺たちを餌だと考えているのか?


 確かに魔物は全て逃げた感じだけど、腹が減ってんなら殺意を撒き散らすんじゃねぇよ。


 そんなだから獲物に逃げられんだって。


「クッソ!!」


 必死で俺たちは逃走する。

 だが、ここは足場の悪い森。エレナが派手に転がってしまう。


 丸出しになったお尻に視線がいくけれど、俺は彼女が起き上がるまで時間を稼ぐしかない。


「かかってこい!」


 振り向いた側から猛毒が吐き出されていた。


 えっと、どうすんだ?

 俺は解毒とかできないんだけど?


「フレイム!!」


 ヤケクソでフレイムを撃ち放っていた。


 俺には魔法がある。近付かなくても焼き殺してしまえば、少なくともエレナは助けられると。


「おっ!?」


 死を覚悟したはずなんだが、幸運にもフレイムによって猛毒の息は相殺されていた。


 ヒュドラ自身も無傷であったけれど、これなら俺は戦えるはず。


「ヒートストームなら……」


 俺は勝機を見出していた。

 フレイムよりも威力のあるヒートストームであればと。


 それによりアレスタ山脈が白き炎に包まれようと知ったことではない。


「ヒートストーム!!」


 躊躇うことなく撃ち放つ。


 あれから随分と成長を遂げたんだ。あわよくば、意識を保ったまま生き残ってやる。


 手の平から大量の魔力が失われ、巨大な魔法陣か展開されていく。


 こんな今も目眩がしたけれど、俺は意識を強く持って昏倒に抗った。


「撃ち放てぇぇっ!!」


 俺は確信していたんだ。


 あのときと同じ純白の炎に。


 眼前に拡がる一面の白。よもや燃えているなんて思えない美しい光景であったけれど、それは間違いなく全てを焼き尽くす炎に他ならない。


 きっと強大なヒュドラであったとしても。


「えっ……?」


 轟々と燃え盛る純白の炎に影が浮かんでいた。


 それはまるで枯れ木のように、九つの枝があり、その幹は大地からそそり立つ。


 だが、それは動いていたんだ。


 焼き尽くすはずと信じていたのに、なぜか苦しむ様子のあと、俺に近付いていた。


「エレナ、俺に構わず逃げろ!」


 ヒュドラには炎に対する耐性があるのかもしれない。


 まあでも、そうか。


 黒竜と同じくスタンピードを引き起こす魔物なんだ。対処できない災厄であるのに疑いはなかった。


「嫌よ! 私は死ぬまでリオと一緒にいる!!」


 そんなこというなよ……。

 俺は君に生きて欲しいだけなんだ。


 俺が生きる意味も、死ぬ意味だって君のためだ。


 全てはエレナのために。


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