第020話 思わぬ依頼
『大精霊の加護を授かりました』
あれ? 確か授かるのは魔法じゃなかったのか?
俺は鍛冶の火をくべるだけで良かったんだけど。
刹那に脳裏が騒がしくなる。加護に続いて何かを得られたらしい。
『フレイムを習得しました』
『ヒートストームを習得しました』
『メガバーストを習得しました』
『インフェルノを習得しました』
いやいやいや、おかしいって。一つで良かったんだけど、なぜに四つも?
困惑する俺に構うことなく通知が続く。
『なお、含有魔素不足によりフレイムまでしか使用できません』
よく分からんが、どうやら魔力不足みたいだ。
ってことは、初級魔法がフレイムであって、残りはそれ以上の魔法ってことかな?
「大精霊の加護って……」
ひょっとすると覚えた魔法は火属性に分類される魔法の全てかもしれない。大精霊の加護とは炎系魔法の全てを網羅することなのかも。
「ま、深く考える必要はないか。どうせフレイムしか使えないみたいだし……」
ここは熟考する場合じゃない。新たな魔物が湧く前に、俺はダンジョンから出るべきだ。既に目的は達していたのだから。
「楽勝だったな……」
割と死地に挑むような気持ちだったけど、蓋を開けば何てことはなかった。
「これなら日没までに戻れそうだ」
焔の祠を出ると、日が傾きかけていた。
ここまで徒歩で一時間程度。恐らく王都に戻るくらいには日が落ちて暗くなるだろう。
俺は少しばかり早足になって、王都へ向かって歩き出すのだった。
◇ ◇ ◇
王都セントリーフにある冒険者ギルド。割と立派な部屋に二つの影があった。
「侯爵様、せっかくのご訪問ですが、既に買い手が手付金まで支払っておりますので」
「本部長殿、儂は無理を言っておる。それを理解しているからこそ、二倍の金額を支払うといっておるのだ」
どうやら一人はライマル本部長であり、もう一人は王都の西隣にあるグレイス侯爵領の当主であるらしい。
「いやしかし、依頼主様は随分と前からレインボーホーンを探しておられまして……」
レインボーホーンとはその名の通り、レインボーホーンラビットの角である。
稀少なその角は薬の原料となるらしく、出物のレインボーホーンには非常に高価な値段が付けられていた。
「白金貨二枚を支払おう。それで手を打て」
「金額ではないのですよ。ギルドの信用問題ですし」
白金貨は金貨百枚の値打ち。グレイス侯爵は元々の金額である金貨五十枚の四倍を提示していた。
「儂は既に諦めかけていた。勇者一行を雇ってまでレインボーホーンの入手を試みたのだ。しかし、結果は散々なもの。一ヶ月という契約期間が切れた勇者一行は金だけを受け取り、去って行ってしまったのだ」
「勇者一行が王国に来ているのですか?」
隣国ヴァルノス帝国に勇者のジョブが発現したのは三年前。現在は魔王といった災厄が世界にない状況であったけれど、その一報は世界中を一瞬にして駆け巡っていた。
「儂が呼び寄せたのだ。しかし、期待外れだった。ろくな働きもせずに、契約金だけを手に戻っていったよ」
「まあ、レインボーホーンラビットの討伐は弱者にしか無理ですし……」
ライマルは長い息を吐いていた。
強者の代名詞である勇者を雇ったとして、レインボーホーンラビットを狩れるとは思えなかったのだ。
「先方も時間がないそうです。諦めてくださいまし。奇跡の薬というエリクサーはレインボーホーンの入手難易度がそのまま価格に反映されております」
ライマルはあくまで断るつもりらしい。やはりギルドとして信用問題となることを危惧しているようだ。
「ならば、討伐したという冒険者と話をさせてくれ。承諾に金が必要なら支払う用意がある。一刻も早くレインボーホーンを煎じた薬が必要なのだ。我が娘リズのために……」
聞けば侯爵の娘リズ・グレイスは身体が弱く、回復の見込みがないと診断されてしまったようだ。娘を不憫に思ったグレイス侯爵は何が何でもレインボーホーンを手に入れるつもりのよう。
「それは構いませんが、彼は別に凄腕の冒険者というわけではありませんよ? 何しろジョブが僧侶ですし、レインボーホーンラビットに襲われて瀕死になるほどの弱者ですから」
現状を知らぬライマルはそんな風に答えた。
力量のおかげで討伐できたのではなく、単なる偶然であったのだと。
「構わない。背に腹は代えられんのだ。明後日、馬車を寄越すので、儂の別邸まで連れて来て欲しい。それでその冒険者の名は何というのだ?」
会って話をするくらいなら問題ないとライマルは思った。
どうせ引き受けられないと分かっている。レインボーホーンラビットは彼にとって依頼の副産物でしかなく、基本は薬草を集めていたのだから。
少しばかり逡巡したあと、ライマルが冒険者の名を告げた。
「黒鉄級冒険者リオ・スノーウッドです」




