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第002話 駆け引きの勝者

「俺のジョブは僧侶であって、後衛職なんだ。剣を振り回して戦うジョブじゃない」


 俺は洗礼の儀で僧侶という神官職を女神様より授かっていた。


 まあそれで、男爵家を追い出された折り、王都の教会で世話になろうとしていたんだ。


「バトルプリーストって素敵……」


「そそそ、そうだよね!?」


 いかん、早速とハニトラに遭ってるじゃねぇか。


 エレナは俺の気持ちを知ってか知らずか、常に俺を誘うような素振りをするんだ。


 フルプレートアーマーは銀貨九十枚もしたし、剣も一緒に買ったから父上にいただいた支度金は一瞬で溶けてしまった。


 一文無しとなった俺は仕方なく冒険者ギルドへと向かい、日銭を稼いでいる。教会だって住み込みで雇ってくれるはずもなく、俺は取っ払いである冒険者になるしかなかったんだ。


「リオぉぉっ、その片手剣で危険度二等級の魔物とか斬り裂いてよ? リオが有名になれば工房も賑わうと思うのよねぇ?」


 その上目遣いやめて。

 俺は君に惚れているんだ。そんな色っぽい目で見つめられると、俺は平常心を保てないから。


「任せてくれ! もうドラゴンにだって勝てる! 何しろ後に伝わるドラゴンバスターを手に入れたんだからな!」


「そうよ! ドラゴンバスターで成り上がってね! 私にはリオしかいないの!」


 言ってエレナは作業着のボタンを二つばかり外した。


 えっと、何それ?

 作業着の奥に秘められし財宝が少しばかり見えてるんだけど?


 誘ってるの?

 俺は男爵家の五男坊だけど、上位貴族的に構わないの?


「エエエ、エレナ……?」


「少し興奮しちゃったから。熱くなっちゃった。湯浴みでもしようかしら?」


「そそ、それは良いな! 俺はずっと野宿だったし、風呂に入りたい!」


 それで湯浴みをしたあとは……。

 やべぇ、無駄な先行投資がようやくと実を結ぶのだろうか?


「リオは駄目よ。貴方はこれから討伐クエストでしょ? そのあとでなら……」


「よっしゃ、ちょっと行ってくる! 期待していてくれ!」


 まぁた、この展開だ。

 いつもエレナは勿体ぶらせて俺を煽る。


 まるで魔性の女。屈託のない笑顔とは裏腹に、僧侶である俺を戦闘に向かわせようとする悪魔的な一面を併せ持つ。


「リオ、気を付けてね? 本来なら[剣聖]である私も同行したいのだけど、新作の構想に忙しくて……」


 割と納得いかない事実が、今まさに語られていた。


 何とエレナは洗礼の儀でジョブ[剣聖]を授かったらしい。誰もが憧れる超ハイレアジョブだというのに、エレナは王城勤めをすることなく、鍛冶職人を始めてしまったんだ。ただの興味本位で……。


「まあ、しょうがないよ。俺はこの片手剣で成り上がって見せる」


 不安は当然ある。だが、それはジョブが僧侶だからじゃなくて、買わされた武器が問題なのだ。


 何しろ、初日に買ったフルプレートアーマーは街門を出て直ぐに壊れた。魔物と戦ったわけでもなかったというのに、歩く衝撃だけでバラバラの鉄くずになってしまったんだ。


 一緒に買った剣もスライムを叩き付けただけで折れている。少しの硬度もないスライムに対してだ。


 よって、今しがた買った片手剣も正直に期待できないように思う。


「エレナ、一つ聞きたい。君はどの工房で修行したんだ?」


 工房には詳しくないけれど、一応は聞いておこうか。

 独立するまで、どこで修行していたのかを。


「修行なんてしてないよぉ。リオってばおかしいのね? 私は天才だから凡人がするような修行は必要ないの」


 マジっすか。

 やっぱドラゴンバスター(エレナ評)はゴミなんじゃ。


 まさかとは考えたけれど、エレナは何も学んでいないようだ。


「えっと、その自信はどこから? 俺が買ったフルプレートアーマーや剣がどうなったのかを伝えたよね?」


「あれは経年劣化よ。酷使すれば、どのような逸品でも壊れてしまうわ」


 いや、フルプレートアーマーは街門を出たところまで歩いただけなんだが。

 それで経年劣化とか、生鮮食品より痛みやすい鎧だな。


「スライムを叩いただけで折れた剣は……?」


「それは私のミスかも。強酸を吐くスライム亜種を考慮していなかったの。だけど、今回のドラゴンバスターは問題ない。以前の欠点を確実に修正してあるし!」


 うん、めっちゃ普通のスライムだったけどな。


 男爵家を追い出されたときにはスローライフを楽しもうかと考えていたけれど、今や俺はその日暮らしの金策に追われる日々。それは全てエレナのせいであった。


「やっぱ、俺は戦闘向きじゃ……」


「リオ、貴方だけなの。私の武具を愛用してくれるのは……」


 考え直そうかと思った矢先、エレナが得意の上目遣いをする。

 その目はやめてくれ。俺はこれでも君に惚れているのだから。


「もしもリオが強くなったなら……。武具だけでなく、私を愛用……って、私何言ってんだろ!? アハハハ、ごめんね! 変なこと言って!」


 どこまでが計算なんだろうか。

 しかし、俺は頷いてしまう。過度にあざとい台詞を真に受けて。


 だって可愛かったんだ。照れるようなエレナが。もしかすると、本心であるかもしれないって感じたから。


「まま、任せろ! 俺はそのうちに金剛級の冒険者になってやるよ!」


「素敵! リオってば凄くカッコいいわ!」


 ああ、分かってるさ。皆まで言わないでくれ。


 でもな、恋は盲目なんだ。たとえ良いように扱われていたとしても、俺はエレナが好きなんだよ。悠々自適なスローライフがハニトラ地獄になっただけだ。


 俺は意気込み勇んで鍛冶工房【勇ましき戦士の嗜み】をあとにするのだった。

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