第194話 ウェイル辺境伯領
俺たちは唖然としていた。指令書には間違いなく二十頭と明記されていたのだ。
しかし、ウェイル辺境伯領に到着した頃の討伐数は既にその数を上回っている。
「こんなに繁殖するものなのか?」
バジリスクだけでなく、他の魔物も多く見られた。全て焼き払っていたけれど、街道沿いにこれだけの魔物が現れるなんて異常事態だとしか思えない。
「だけど、王都に駆除要請するくらいだし」
エレナも困惑顔だ。
今のところ彼女の出番はなかったけれど、俺の前に横座りするエレナは恐らく勝手にレベルアップしていることだろう。
「リオ・ウェイルだ! 街門を開けろ!」
ウェイル辺境伯領の主要都市ラズベル。立派な街門は完全に閉じられている。
俺が大声を張ると、街門横の出入り口が開く。
まあ、スタンピードにも似た数の魔物がいるからな。正門を開くなんてできなかったのだろう。
「若様でしょうか!?」
中からは割と年配の男が出てきた。
えっと、若様って俺のこと?
たぶん、俺のことだろうけど。
「リオ・ウェイルだ。お初にお目にかかる」
一応は立場的な物言いを学んでいるんだ。成り上がりの若造と舐められてはいけないとガラムから聞いている。
「若様、お待ちしておりました! 経緯は旦那様より伺っております。こちらへどうぞ」
男はガラムの留守を預かる兵士長マリスというらしい。
聞けば、既に多くの私兵が失われ、魔物の討伐が困難になっているようだ。
俺は辺境伯邸へと案内され、早速と現状を伝え聞いていた。
「王都に救援を要請してから、事態は更に悪化しております。もう満足に所領内を彷徨けません。孤立する街も多く、死者は増すばかりなのです」
聞いていたよりも酷い状況だった。
食糧不足が危機的状況のようで、最近は魔物被害よりも餓死者が増えているらしい。
「穀倉地帯の魔物駆除から始めよう。俺たちが警備している間に、収穫できるものは収穫すること。安全は保証させてもらう」
「ありがとうございます。南側に大規模な農業地帯が拡がっておるので、若様はそちらで剣を振っていただけますか?」
「魔法なら手っ取り早いのだけどな。それで、俺はここに来るまで二十以上のバジリスクを狩っているが、他にもいるという話で間違いないか?」
基本的に農地は街門の外にある。外を彷徨けない状況なのだから、食糧は目減りしていくだけであった。
「ええ、その通りです。しかし、バジリスクの群れは概ねラズベルを通り過ぎていった感じです」
「無足のバジリスクは見なかっただろうか?」
俺はバルデス侯爵領で見た無足のバジリスクについて聞く。どうにも不可解に思えて。
「いえ、いずれも脚ありですね。どうしてそんなことを?」
俺は経緯を説明した。
バルデス侯爵領では蛇のような個体しか見なかったのだ。どうも異なる群れであるとしか考えられない。
「なるほど、北側とここでは異なるスタンピードが起きたというわけですか?」
「可能性としてだがな。それにスタンピードと呼ぶにはまばらすぎる。魔物はどれも落ち着いていたし」
ここでマリスは地図を取り出していた。
机に拡げられたそれは南部の広域地図に他ならない。
「あっ……」
俺は直ぐに気が付いていた。
きっとマリスも可能性を分かって俺に地図を見せたのだろう。
「この山脈が怪しいということか?」
多くの魔物が逃げ出したというのであれば、怪しいのは東側にあるアレスタ山脈しかない。
アレスタ山脈から放射状に逃げ出して、バルデス侯爵領やウェイル辺境伯領へと到達したのではないだろうかと。
「しかし、そこは帝国領だぞ?」
「帝国はもう崩壊しております。若様、どうか様子を見に行ってくれませんか?」
正直に王命外の行動だった。しかし、原因が分かるのなら、対処できなくもない。
帝国は統治者を失っていることだし、進入したとして咎められることはないはずだ。
「まずは領内の魔物を駆除してからだな。ワイバーンを操れるか?」
手っ取り早く片付けるなら馬よりもワイバーンだ。穀倉地帯以外の魔物はフレイムで焼き払っても問題ないだろう。
「では、明日からお願いできますか?」
「ああいや、今日から始めよう。領内だけでも、街道を行き来できるように。苦しむ領民がいるのに、休んでなどいられない」
俺がそういうと、マリスは呆然と頭を振る。更には椅子から飛び降りて、俺に土下座をするのだった。
「若様、どうか辺境伯領をお助けください! 私めは感服致しました。何なりとご命令くださいまし!」
別に頭を下げる必要はないって。
俺は戦うためにここまで来たんだ。食って寝るだけなら誰でもできんだよ。
だからこそ、決意を口にする。
俺がここにいる目的の全てを。
「所領を荒らす魔物は皆殺しだ」




